にわかお城ファンの旅行記

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周りに影響されて城巡りを始めた新参者です。城と景色と郷土料理が楽しみな旅好きです。

続百名城訪問記 浜松城(148)その1

台風10号が不安ですね。。
今の注意喚起が取り越し苦労に終わってくれれば良いのですが。

さて今回は浜松城
静岡県民なのでテレビで良く姿は見ていましたが、初訪問。
荒々しい石垣が良いですね。

お城:浜松城(148)静岡県浜松市
HP:徳川300年の歴史を刻む出世城。浜松城
訪問日:2020年7月

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概要

浜松城は、15世紀ごろに築城された曳馬城を前身とします。
築城者は諸説ありますが、今川貞相とされます。

その後、徳川家康が調略、武田信玄の侵攻への備えとして1570年に本拠を岡崎城から移しました。
この時に、曳馬という地名が敗北につながるとして、地名と城名を浜松に改めました。
家康在位中に様々な戦いが起こりましたが、その中でも三方ヶ原の戦いでは、武田軍に対して一方的な敗北を喫し、浜松城へ敗走することとなり、家康の人生最大の危機の一つといわれます。

1586年に家康は駿府城に本拠を移しました。
その後は、堀尾吉晴が一時入ったほかは譜代大名が入れ替わり次々に入りました。
この時に入った歴代城主が幕府の要職に就くことも多く、出世城の異名を取りました。

明治維新の際に廃城となり破壊され、公園となりますが、1958年に復興天守が再建されて今に至ります。
なお、堀尾時代に天守が築かれたとみられますが、江戸時代初期には失われたようで、その後は再建されませんでした。
また、当時の姿を伝える資料も残されていないため、復興天守丸岡城がモデルとされます。

訪問記

梅雨のさなかに車で訪問。
公園の北東に隣接して無料駐車場があるのでとても助かります。まぁ浜松は車社会ですからね。
ちなみに、駅からもそう遠くはないので、公共交通でのアクセスも容易です。
駐車場は二ノ丸の跡地にあって、すぐ隣が浜松城公園なので迷うこともありません。

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名前の雰囲気からし駿府城公園と比べてしまいますが、あちらほど公園全体が城跡という感じではなく、天守付近だけが城跡ゾーンになっています。

看板に従って天守の方へ。
しばらくは芝生広場と小学校跡地を眺めながら公園のお散歩です。

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こちらはその小学校跡地、旧元城小学校です。
二ノ丸の残りは旧元城小学校跡地と浜松市役所になっています。

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元城小跡地では発掘調査をしていました。

二ノ丸には藩の行政機関である表御殿と藩主の居間などからなる奧御殿があったそうです。今の市役所にもつながりますね。
発掘調査では、建物跡や堀跡、瓦などが見つかってきているとのことで、これからの進展に期待です。

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歴史関連施設の整備計画全体もでかでかと紹介されていました。
発掘調査関連の成果もここに入ってくると良いですね。

二ノ丸を見ながら、天守側に足を進めると市役所のビルの向かいにちょっとした展示スペース。
最初は本丸への入り口だった鉄門の跡地の案内板。
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近くに推定位置の書いたプレートも埋められていました。

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ただ、今の本丸方面への道はこんな感じ。払い下げられていますし、もうちょっと進まないと城跡感は薄いですね。

とか言っていると、近くに古そうな石垣
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こちらは2014年の発掘調査で新たに見つかった、1590年代の堀尾吉晴時代のものと思われる石垣です。
カラフルな横長の自然石を組み合わせた野面積みで、あまりほかで見ない風合いになってます。
それでいて横に目地が通るように積まれていて、良く積んであるなーと。
石垣の裏には排水機能を高める石が詰められていることもわかっているそうです。
当時の技術力がわかって面白い。

本丸に上がる前に、下から天守を眺めます。
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何となく絵になりますが、これは現代の浜松城。堀尾時代以外は天守はありませんでした。
でも今の姿も絵になるので、これはこれでありなのかなと。

本丸

下からの姿を十分楽しんだら坂を登って本丸へ
ここからが城跡に来た感じになりますが、本丸はあまり広さがありません。
というのも、残っているのは西半分で、ここまで見てきた道路と市役所も本丸の一部だったようです。まぁ残っているだけでもありがたいと思わないと。
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本丸から眺める天守門と石垣
木が生い茂っていてなかなかきれいに見えません…

本丸には家康像
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若き日の家康像とのことですが、若さは感じませんでした笑
そもそも痩せているイメージがあまりなかったので、家康とは分かりませんでした。。

本丸から天守曲輪の石垣
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こちらも同じカラフルな野面積み。良いですね。
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もういっちょ石垣
看板で石を引き抜かないように書かれていますが、石を引き抜くやんちゃな人なんているんでしょうか

天守曲輪

天守へ向かいます。
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こちらの天守門は廃城時まで残っていて、江戸時代を通して浜松城を代表する建物だったそうです。
2014年に絵図や礎石跡を参考に再建されました。
雰囲気を盛り上げてくれてとても良いです。
再建された年代のわりに周りにも馴染んできています。

門をアップで
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両脇に鏡石。無骨な感じが良いです。

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中に入ると天守のアップ。
天守のある曲輪もコンパクトなので、いきなりのお出迎えとなります。

その前に天守門脇の石垣を近くから。

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いいですね。(何回も言い過ぎ?笑)

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天守門裏側。
中はちょっとした展示スペースになっていて、入ることができます。
さすがに中はピカピカでした。

天守に入る前に天守曲輪を回ります。

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天守曲輪のもう一つの門、埋門近くの井戸です。さすがに水はありません。

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天守台と天守

天守曲輪もそんなに広くはないので、さくっと見てまわれます。
これでも一番遠くから見たところです。
2/3程度の大きさで再建したといいますが、確かに天守台との大きさがあっていない気も。
なんでちょっとコンパクトにしたんでしょう?

いざ、天守へ。
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と行きたいところですが、長くなってきたので、今日のところはここまで。

次回は、天守内部から浜松城公園について書いていければ。

ちなみに駿府城はこんな感じでした。

tmtmz.hatenablog.com

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