にわかお城ファンの旅行記

にわか城好きの歴史探訪記

周りに影響されて城巡りを始めました。百名城スタンプ目当てだったのに気がついたら沼にハマっていました。

百名城 足利氏館 (15・栃木県足利市) -方形居館跡は足利氏の氏寺

引き続き北関東の100名城へ 続いては栃木の足利氏館

鎌倉時代の方形居館は今は足利氏の氏寺、鑁阿寺(ばんなじ)となっています。

城館として見るととてもシンプルですが、きっと鎌倉の頃から同じような見た目なのだろうと思うと、また一味違って見えるかも。

お城:足利氏館(15)栃木県足利市
HP:鑁阿寺(ばんなじ) - 足利市公式ホームページ
訪問日:2018年10月、2021年7月

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概要

諸説ありますが、ここでは現地の看板を参照して記載します。

平安時代後期、源義国足利義康(足利氏の祖)親子が築いたとされる堀と土塁を持つ方形居館です。

1196年、足利氏2代、足利義兼が邸内に持仏堂を立てました。
これが足利氏一門の氏寺、鑁阿寺となり、今に至ります。

訪問記

忍城訪問記)から電車を乗り継いでやってきたのは最寄り駅の一つ、東武足利市駅

ここから足利氏館、というか鑁阿寺(ばんなじ)へは、渡良瀬川を渡って15分くらい。
有名な渡良瀬橋も駅の前の橋の隣に架かっています。世代じゃないので分かりませんが。。。
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鑁阿寺周辺は足利学校やJR足利駅もあり、一大観光スポットとなっています。
JRより私鉄の駅が中心街から遠いのは、関西人には違和感。

少しワープして鑁阿寺山門に続く道です。賑やかな街に観光客。
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この時はほどほどの人出でしたが、コロナが明けたらずっと賑やかになるのでしょう。

そんな道端に足利尊氏
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足利生まれという説もありますし。違っても、鑁阿寺との縁はあると思いますし。

そしてすぐに鑁阿寺山門に到着
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13代将軍足利義輝が再建したもの。いいですね~

作りが細かく華やかです。あと鳩が多い笑
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と、つい建築に目が行きますが、周りは堀と土塁
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真っすぐ続き、直角に折れる。方形居館がそのまま残ります。
これが城跡としての足利氏館のメインの遺構です。

内側からも土塁
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しっかりと高さも残っています。
こちら側はところどころ土が見えて、当時もこんなだったのかなと。

さて、中を回ります。
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綺麗に四角い鑁阿寺は、東西南北の門と、たくさんの歴史ある建物を持ちます。

真正面には国宝の本堂が待ちますが、その手前にも
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大銀杏
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樹齢650年と推測され、江戸時代からすでに大木だったとのこと。
本当に大木というしかない大きさ。カメラに収まり切りません。

その奥には多宝塔
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こちらは県指定文化財
足利義兼が創建、1692年に徳川5代将軍綱吉の母、桂昌院尼が再建したと伝えられていましたが、1629年の銘も確認されています。
この喰い違い、古くからの伝承が残るところだからこそという気もします。

改めて本堂をお参り。
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こちらは国宝
1196年に足利義兼が建立したものは1229年に落雷で焼失してしまいましたが、1299年に足利尊氏の父、貞氏が再建されました。

お参りをして厳かな気持ちになった後、本堂で百名城スタンプを押すことができます。
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モデルは山門です。そりゃそうか。

引き続き見学。

東門は足利義兼の創建の後、1433年に再建されました。シンプル。
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この場所の門は1310年代の伽藍配置図から描かれているとのことで、形は分かりませんが、かつてもこんな景色だったのかな。

堀を見ながら少し歩いて、
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北門
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こちらは東門より少し歴史が複雑。

もともと足利義氏が堀の外に建てた12の支院の筆頭、千手院の山門として使われていたもので1845年に再建されました。
1871年に千手院以外は明治政府に上地され、千手院の跡地には足利幼稚園が建ちます。
門は1918年にこの地に移設されました。

とても年季を感じる薬医門です。近寄ると大量の千社札が見えますし。

中に戻って残りの建物を見て回ります。歴史ある建物がとても多いので順にご紹介。

蛭子堂(ひるこどう)
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足利義兼の妻、北条時子を祀ります。

校倉 大黒堂
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1752年の再建とされます。

大酉堂
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元は足利尊氏を祀るお堂でした。
明治期の皇国史観を受けて大酉大権現が本尊とされています。

御霊屋
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足利大権現と称します。
鎌倉時代の創建とされ、1312年の伽藍配置図にも描かれています。
現在の建物は徳川斉昭の寄進によるもの

中御堂
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足利義兼の創建と伝わりますが、1592年の再修ということが分かっています。
明治時代に本堂が旧国宝に指定されるまでは廊下でつながっていました。

一切経
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こちらも足利義兼の創建と伝わりますが、今の建物は1407年に再建されました。
国指定重要文化財に指定されています。

赤白の配色が美しい。

鐘楼
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こちらも国指定重要文化財。1196年の創建です。

最後、西門を通って離れます。
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こちらも足利義兼の創建と伝わりますが、1432年の再修です。
歴史ある建物が多すぎて年代の感覚がおかしくなりそう笑

ぐるっと一周見学を終えたら、もう少し足利市の観光を続けます。

感想

満足度 2/5(城館跡として)

方形居館の跡地としては非常にシンプル。
土塁と堀はこんなだったのかなーと考えているうちに見終わってしまいます。

お寺としては歴史ある建物が多くて、さすがは足利氏の氏寺。
コロナ前に訪問した時の賑やかなイベントのイメージが強く、コロナ禍での再訪でも厳粛な雰囲気という印象は受けませんでしたが、やはり見ていて気持ちの締まる建物が多いです。
寺社としては大満足。

アクセス

足利氏館

  • アクセス
    電車・バス:JR両毛線 足利駅から徒歩7分
          または東武伊勢崎線 足利市駅から徒歩10分
    車:北関東道 足利ICから約10分
     無料駐車場あり
     太平記館観光駐車場 または 鑁阿寺駐車場 
  • スタンプ・開館時間
    鑁阿寺本堂内寺務所
    開館時間:公式HPには記載がありません。9:00~16:00と書かれているところが多いです。
    入館料:参拝無料
  • 城跡
    散策自由
  • 所要時間
    ~0.5時間
  • 付近のスポット
    百名城関連だと金山城や唐沢山城が近くです。
    それよりは遠いですが、私は忍城とまとめて訪問しました。

    tmtmz.hatenablog.com

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