文殊山城(訪問記)に続いて尾根続きの塞之神城へ
来歴不明ではありますが、武田家と奥平家の間に関係するのは間違いない山城です。
主郭を中心に良く作りこまれており、遺構の残りよく、文殊山城に訪問するならぜひ足を延ばしたい名城でした。
古宮城(訪問記)とも街道を挟んで反対の至近距離。こちらの関係も気になるところ。
お城:塞之神城 愛知県新城市
HP:塞ノ神城址 - 新城市 - | キラッと奥三河観光ナビ
訪問日:2024年3月

概要
詳細な歴史は不明です。
1570-73年頃の武田氏と奥平氏との和睦の際に築かれたとも、それ以前の米福長者の時代に存在したともされます。
訪問記
文殊山城からその足で訪問。スタート地点は文殊山城を抜けた場所にある看板です。
尾根をずーっと案内に従って進みます。
傾斜もきつくなく、足元も整備されていて安心です。
途中からはササの中の踏み跡を頼って
10分ほどで最外部の堀切に到着
この堀切は写真よりかなり明瞭で、現地では明らかに城域に入ったことが分かります。
ここで主郭に置かれた案内板の縄張図をお借りして全体を確認しましょう。
山頂に土塁に囲まれた主郭が、その東と南西に伸びた尾根に小郭が置かれ、南西には比較的大きな二郭を持ちます。
二郭の西、南に延びる尾根は堀で断ち切られており、今はそのうちの西の尾根にたどり着いたところです。
改めて先ほどの空堀を見ていきます。

文殊山城とをつなぐ尾根を断ち切るもの。深さもよく残っています。
結構な傾斜を登り切った先が
二郭
塞之神城では主郭に次ぐ広さを持つ郭です。明瞭な土塁は見られず、丁寧な削平も相まって真っ平という印象。
ただ、南側には少しだけ土塁が残り
今も鋭い堀切が残ります。
先ほどの堀切もそうでしたが、こちらはさらに鋭く、なかなか良い。
主郭方面へ向かいます。
緩やかな傾斜の残る腰郭?を左右に見ながら

不明確な堀切と土橋のような部分を進みます。
こちらの写真は渡り切ったところから振り返って撮影。奥が二郭です。
主郭足元の小郭を越えて、通路は主郭南面へ回り込みます。
この先、虎口があるのですが、全く見えません。
そうこうしている内に、きっと上に見える主郭から狙われているのでしょう。
主郭虎口
下から見ると土塁が低いように感じるかもしれませんが、かなりの高さかつ厚さ。
内部から振り返ってもう一枚。
主郭全景 西側の土塁
南側の土塁
そして中央全景
主郭は、高い土塁が西、南、北面にめぐらされています。かなりの安心感です。
傾斜が緩いところから土塁に登ってみました。
土塁上に数多く置かれた石は、土塁の補強だったりするのかな。。。?
登城路にもチラホラ石が転がっていて、関係はあるのでしょうか。
土塁上から北側の腰郭を見下ろします。
遠目ですが、あちらもしっかりと作られている印象です。
主郭東側へ。古宮城方面、東側の尾根につながる虎口と、郭が置かれています。
主郭東側の虎口を
抜けるとかなりの傾斜かつ
右手には階段状に設けられた郭たち

ただの藪写真にしか見えないかもしれませんが、そうではないんです笑
振り返った景色を見ると、改めて登城路脇に階段状に置かれた曲輪が良く見えて、とても攻めあがる気にはなれない光景です。
正面に見える郭の土塁が不気味です。
この東側を守る郭の一つに入ってみました。
こちらもただの藪写真になってしまったので写真は遠慮しましたが。。。
虎口を伴う土塁に守られた郭。本丸足元の小郭には似つかわしくないほどの厳重な守りでした。こちらから攻め込まれることも十分に想定されていたのでしょう。
そのまま斜面をある程度下りたところで、塞之神城終了です。
本当は南側の尾根にもトライしたかったんですが、侵入ルートが分からず。
北側の井戸遺構も分からず。このあたりは予習が足りなかった。
感想
満足度 3.5/5
残りも良く、堀や土塁など素人でも楽しめる遺構も多く、訪問難度も低く好印象です。
特に、回り込んで主郭虎口を抜けたときは、思わず声も出そうなほど。
造りこまれた山城が良い状態で残っている良物件でした。
見逃した遺構が残っているので、情報を集めたら再訪したいところ。
アクセス
塞之神城
- アクセス
電車・バス:JR飯田線 新城駅からバス 作手高里バス停下車 徒歩約45分
車:新東名高速 新城ICより約50分
林道突き当りの文殊山城の駐車場を利用可能です。 - 城跡
散策自由 - 所要時間
0.5時間 - 付近のスポット
尾根続きの文殊山城が最も近いです。
tmtmz.hatenablog.com続百名城の古宮城も至近距離
tmtmz.hatenablog.com百名城絡みだと長篠城も近くです。
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