にわかお城ファンの旅行記

にわか城好きの歴史探訪記

周りに影響されて城巡りを始めました。百名城スタンプ目当てだったのに気がついたら沼にハマっていました。

続百名城 芥川山城 (159・大阪府高槻市) 1/2-三好政権の首都 東、中央曲輪群へ

大阪の続100名城、芥川山城へ。

高槻と聞くとベッドタウンのイメージしかありませんでしたが、なかなか立派な山城がありました。
規模はかなりのもので遺構も良い残り具合。
私有地ということで案内は最小限でしたが、公開して下さっている心意気も嬉しい限り。

よくよく下準備していきましょう。

お城:芥川山城 大阪府高槻市
HP:続日本100名城 芥川山城跡 - 高槻市ホームページ
訪問日:2022年3月

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概要

1516年ごろまでに細川高国が築城し、家臣の能勢頼則が入りました。

細川高国細川晴元の争いを経て晴元が入城しますが、1553年にはその晴元を追放した三好長慶が入りました。
その後7年間、三好政権の「首都」として、畿内支配の中心となりました。

1568年、織田家が侵攻、三好氏に代わって足利義昭配下の和田惟政が城主となります。
惟政は家臣、高山飛騨守に城を預けますが、翌年には麓の高槻城に移り、役割を終えていったと考えられています。

訪問記

東曲輪群

大阪と京都の中間、高槻市の山中にある芥川山城へ。
この日は車で訪問。道中はかなりの渋滞で車で来たことを後悔するばかりでした。
駐車場は一部で案内される摂津峡公園下の口駐車場。

こちらも結構離れているのですが、近くはコインパーキング程度しかありません。
また、花見の時期はこの駐車場も混雑するようです。

さらに、駐車場から登り口まで正規ルートでは25分。最寄りバス停の方がずっと近い。。。
ネット上には仮設橋を通る近道が描かれたパンフも転がっていますが、現地では通行禁止と書かれていました。仮設橋はかなりの代物でおススメはしません。。。

駐車場に停めてからも車で来たことを後悔しつつ、かなり厄介なアクセスを乗り越えて、塚脇コースの登り口に到着です。
ここからまずは東曲輪群へ向かいます。
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山頂まで40分と書かれる、かなり広い山城ですが、実際は25分ほどでした。

ここに置かれた推定復元図で全体像を確認です。
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尾根に築かれた主に東西3つの曲輪群からなる連郭式の山城です。
かなりの広さを誇り、要所に堀や竪土塁、石垣といった遺構が残ります。
今回の登山道は図中右上の東曲輪に通じる塚脇コース。
曲輪群を通って主郭方面、図中左方向へ向かい、中央、西曲輪群の間に通じる大手道を通って下りるルートで進みます。

詳しい縄張図は冒頭の高槻市HPに掲載されていますので、気になる方はそちらへ。

登山道はこんな感じ。
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傾斜は緩く、足元もしっかり。この傾向は最後まで変わらず、このコースではそこまでの装備は必要ないかと思います。このコースでは。

随所にカラーテープで作った手作りの標柱も置かれています。
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私有地ですがよく整備されています。ありがたや。

道中、一見それっぽくも後世に築かれたという石垣などを見ながら進むこと10分
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曲輪っぽくも判断がつかない地形を越えて、
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最初の明確な遺構は、なかなか珍しい竪土塁でした。
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手作り看板でも紹介いただいています。柵で分かりにくいですが、もう一枚。
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左手(東側)から斜面伝いに主郭方面へ向かうルートを遮断しようとしたものでしょう。
竪堀ではなく竪土塁にした意図が気になるところ。地形的なものでしょうか。

竪土塁の反対側には明確な虎口。東曲輪群の西端の曲輪への虎口です。
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気づいたら東曲輪群の最後に来ていました。遺構あったかな。。。

曲輪内部
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土塁に囲まれた方形の曲輪です。
何らか大事な施設があったんだろうなと思わせる作りと広さです。

この曲輪の西側には中央曲輪群とを切る空堀と土橋
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お手本のようなきれいな土橋が折れを伴って伸びています。

両脇は堀切
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斜面側は竪堀になって落ちていきます。
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西曲輪群から中央曲輪群へのルートを厳重に守っています。

そのまま中央曲輪群へ。

中央曲輪群

こちらの最初の遺構は虎口
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狭く屈曲していて高さもあり、かなり防御性が高い印象。
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空堀、土橋に虎口と合わせて本当に東曲輪群からの侵攻に対する備えは万全です。この先の重要度は違うと感じさせる作り。

虎口の先の様子
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両側、高所で見えませんがおそらく曲輪。
両側から狙われる、なかなかいやな構図になっています。

左手の曲輪
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縄張図からすると中央曲輪群で最大の曲輪のはず。登り口はよく分かりませんでした。

その先、足元に見えた腰曲輪
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縄張図からするとこのような大小さまざまな曲輪が点在している様子。
ここまでもたくさんあったのでしょうが、見えなかったなぁ。

この先は西曲輪群へ続きます。
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境界に堀はなく、鞍部となっています。西曲輪と一体的に考えられていたのかな。
この付近で大手道も合流してきます。
そちらにも見どころはありますが、まずは主郭方向へ進みます。

次は主郭のある西曲輪群。ですが、長くなってきたので続きはまた次回。

付近のスポット

同じ三好氏の飯森山城が最も近いでしょうが、まだなので、、、
近場の百名城、続百名城をどうぞ

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