にわかお城ファンの旅行記

にわかお城ファンの歴史探訪記

周りに影響されて城巡りを始めました。城と景色と郷土料理が楽しみな旅好きです。

関東鉄道常総線でまわる城巡り① 取手駅から守谷駅へ

春先と梅雨時、都合2回訪れた関東鉄道常総線の城巡りをお届け。

関東にはなじみが無いので初耳の路線でしたが、南はニュータウンの通勤路線、北はローカル線でトータルするとかなりの距離。存在感のある路線ですね。

駅近城跡も意外とたくさんあり、大変お世話になりました。
1回で回ったかのようにまとめていますが、くっつけていますのでご注意下さい。

最初は取手駅から守谷駅へ。今回は城、史跡なし回です。

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関東鉄道常総線

よそ者が説明するのもおこがましいですが、簡単に路線情報です。

関東鉄道常総線は、取手駅下館駅の51.1kmを鬼怒川に沿って南北に結ぶ路線です。
取手駅常磐線下館駅水戸線、そして守谷駅つくばエクスプレスと接続します。

取手駅からの東京への通勤需要を受けて、取手-水海道間は複線化されています。
この間は沿線にニュータウンも多く、通勤路線の趣でした。

一方、沿線に気象庁地磁気観測所があるため、影響を与えない気動車が走っています。
この気動車が北部の田園地帯を走る様はさながらローカル線。
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構内踏切から青春の一ページが撮れちゃうくらい一粒で二度おいしい路線でした。

旅行客の注意点として、使えるICカードPASMOSuicaだけです。
ICOCAとかTOICAは使えません。

取手や守谷の自動改札で弾かれるのも恥ずかしいですが、何より悲しいのは下館で水戸線からの接続列車に乗り遅れること。あまり本数走ってませんから。。

下館駅はJRと同じ駅の5,6番線。連絡改札でつながっています。
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JR水戸線にはICOCAでも乗れますが、当然下館の連絡改札では弾かれます。
いったん反対にあるJRの改札口から出て、入り直して切符を買っていたら接続列車に乗り換えるのは絶望的ですので、ご注意を。痛い目見ました。

さて、そんな経験をもとに城めぐりはこんな1日フリーきっぷで回ってきました。
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使えるのは土休日だけですが、1500円は取手から下館の片道を乗り切るだけで元が取れるありがたい設定です。

取手~守谷

南側起点の取手駅へ。
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常磐線と共通の大きな駅からスタートです。

反対側も商業施設が建っていて利用者の多さをうかがわせます。

改札はちょっと小さめ
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肩身が狭そうなサイズですが、自動改札機もあって普通にベッドタウンの路線です。

乗ったのはこちらの列車。前述の通り気動車の2両編成。
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写真は常磐線のホームから撮影しました。

取手-守谷間は駅間も短くお客さんも多く、まさにベッドタウンの路線です。
せいぜい気動車のエンジン音が唸っていることが気になるくらいで、電車だったら全く旅行感ないんじゃないかな。
駅の看板とかは年季入っているところが多かったですが。

という訳でいきなり守谷駅へ。
守谷駅も都市部によくある立派な2面4線の橋上駅舎。
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長いホームに短い2両の列車が停まっていることがちょっと違和感あるくらいで、あとは東京にある駅と言われても全く遜色ありません。

守谷駅の駅舎。
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つくばエクスプレス線とペデストリアンデッキでつながった駅舎はピカピカ。
やっぱり通勤でよく使われている路線は旅行感薄いですね。

反対側にはつくばエクスプレス守谷駅
乗り換え客目当ての飲食店も並んでいて、こちらもやはりピカピカです。

そんなつくばエクスプレスの開業は常総線に大きな影響を与えました。

守谷から常総線常磐線で都心に向かっていた乗客を奪われたこともそうですが、何より大きかったのは新しい乗り換えルートができたこと。
もともと常総線の主な旅客流動は最寄駅から取手駅常磐線に乗り換える流れでしたが、取手まで行かずとも都心までより短い時間で出られる守谷乗り換えの乗客が増え、その分減収になりました。

今回乗った時にも下館、水海道方面から守谷で乗り換える乗客の多さは感じましたので、影響は大きいのでしょう。

関東鉄道としても快速列車を作ったり、パーク&ライド用駐車場を設けたりと工夫されているそうで、何とか功を奏してほしいものです。
そもそも関東鉄道つくばエクスプレスに出資しているそうなので、前向きに乗り越えようとされているなら何とかなるんじゃないかな。

次回は最初の城めぐり 守谷城へ。

ほかにもこんなローカル線で城巡りをしています。

tmtmz.hatenablog.com

こちらは城成分なしの沿線観光記です。

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龍潭寺 (浜松市北区) -国指定名勝の庭を持つ井伊家の菩提寺

井伊谷城近辺を散策したあとは、近くにある井伊家の菩提寺龍潭寺(りょうたんじ)が外せません。
井伊家の縁以外に国指定名勝のお庭もあり、純粋に観光地としても良いところでした。

龍潭寺の周りもまさに井伊家の聖地。
大河の頃の賑わいはいずこへというところですが、ほどほどの人出が良いものです。

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井伊共保出生の井戸

龍潭寺、と始めておきながら最初は違うスポットへ。
とはいえ、龍潭寺からも歩いてすぐですし、看板もたくさん出ていますし、きっと訪れる方は多いはず。

井伊家初代、井伊共保の出生の地と伝わる井戸です。
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田んぼのど真ん中の浮島のような、ほかにはない立地でとても印象的。

中にはその井戸と、たくさんの石碑が立ち並びます。
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厳かな雰囲気が広がり、ちょっと遠慮してしまいますが、意を決して中へ。

こちらがその井戸。
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周囲は歴史を感じますが覆いは新しく、今も大切にされていることが分かります。

正面だけでなく横にも石碑が立ち並びます。
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石碑や井戸の整備は、歴代彦根藩主が繰り返し行っていたことが分かっています。
今も聖地を大切にされているのでしょう。

よそ者が汚さないうちに目的地へ向かいます。

龍潭寺

歩いて数分でお目当ての龍潭寺へ。
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どんより曇りに小雨のあいにくの天気ですが、緑が映えるってもんですよ。

龍潭寺は733年に行基が開いた地蔵寺が始まりとされます。
1507年に龍泰寺となり、1560年に井伊直盛が葬られた際に龍潭寺と改められました。

さすがに境内が広い。
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下の山門から中央の庫裏や本堂を見学して左上の墓所を見に行くルートですかね。
振り返ってみると、ゆっくりした記憶はないのに気がつくと1時間近く見ていました。

順を追ってみていきましょう。

最初は山門
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最初の写真、遠目では良い雰囲気だと思いましたが、残念ながら工事中。。
足場が無かったらアジサイと相まって良い雰囲気なのですが。

龍潭寺井伊谷城の南の砦の役割も持っていたとされます。
山門過ぎてすぐには石垣も残っています。
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参道には折れもありますし、このあたりが城郭づくりの跡なのかな。

歴史のあるお寺は戦いの歴史を持っていることも多いですよね。

それにしても緑が濃くて良い雰囲気の参道です。
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小雨の日に来てよかった。

参道を真っすぐ進むとそのまま庫裏ですが、その前に少し寄り道。
子育て地蔵
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井伊谷城周辺の二宮神社の時にもあった通り(訪問記)、1568年、小野政次の専横により井伊直虎と当時8歳の虎松(のちの直政)は井伊谷城を追われます。
この時、直虎と虎松母子は、直虎の母のいる龍潭寺内の松岳院に身を寄せました。

その際、直虎の母がわが子の安泰を願って作ったのがこのお地蔵様です。

隣には同じく直虎の母が植えたとされる梛の木松岳院の跡も残っており、庫裏までたどり着かなくても楽しい。

子育て地蔵の近くには仁王門
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ちょっと白飛びがひどいですけど、立派な門です。
歴史を感じていましたが、昭和62年建立と意外と新しかった。感覚なんてそんなもんか。

もう一度参道に戻って庫裏へ向かいます。

ようやく庫裏へ。ここから中を見ていきますよ。
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と言っても厳かな雰囲気の建物内でシャッター音を響かせるのは気が引けたので、写真はありません。

庫裏から本堂、稲荷堂、開山堂、井伊家御霊屋と一連の建物を見て周り、最後に庭園へとつながる見学コース。
流れる空気や祀られる像もそうですが、本堂の鴬張りの床井伊の赤備えの具足なども印象的で記憶に残る見学コースでした。

写真は気が引けたと言いながら、人が少ないタイミングを狙って庭園だけは写真を撮ってしまいました。
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美しい。

座って庭を眺めることができるようになっています。
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気を付けないといつまでも座って見てしまいそう。
でもそれもいいかなと思ってしまうお庭でした。

一通り中を見たら、もう一度敷地内を散策。墓所などを見に行きます。

庫裏から出てすぐに東門
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通り抜けることも可能な形ですが、約400年前と龍潭寺では最も古い建物です。

隣に鐘楼堂
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龍潭寺のHPによると、この鐘を正月1~5日に着くことができるそう。行ってみようかな。

墓所までの道は、中を見学した建物を外から眺めるルートとなります。

本堂
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庭越しに少し見る程度ですが、それがまた良い気がします。

開山堂
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龍潭寺歴代住職の御霊を祀ります。

そしてもう少し進むと、龍潭寺墓所井伊家の墓所へ到着。

龍潭寺墓所には、歴代住職と井伊家を支えた家臣団の墓があります。
桶狭間の合戦戦死者や直親が今川氏に殺害された際に同じく狙われた直政の命を救った新野左馬助井伊谷三人衆の一人である鈴木重時らの墓があります。

その隣には井伊家の墓所
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初代の共保、直虎の母 祐椿尼、直虎やその元許嫁である直親、直親の妻、直政らの墓が並びます。

思いを馳せながらそっと手を合わせました。

井伊谷宮

龍潭寺を裏に抜けると、井伊谷宮という別の神社に。

ただ、名前からも分かる通り、こちらも井伊家ゆかりの地。
と言いますか、前回からよく登場される宗良親王を御祭神としています。

龍潭寺を抜けるとすぐに宗良親王の御墓もありますし。
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井伊家がおよそ500年にわたり菩提を弔ってきた縁で、明治時代の御陵墓の修繕令にのっとり、ほぼ井伊家の負担で整備されました。

このまま裏口からのスタートとなりますが、井伊谷宮を参拝。

難転厄割石
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厄と書いた盃を投げつけて割っての厄払いスポットです。
よく見ると石の足元にたくさんの割れた盃が落ちていますね。

ちょっとだけ参道を遡って門越しに一枚。
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明治以降の建物ですし、建物は新しいですが、さすがに立派。

茅の輪くぐりををしてから参拝。
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そのあと、境内の休憩所に気になるスポットを発見。

たくさんのてるてる坊主
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と傘
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中にもちょっとした展示があって、程よい休憩所でした。

正面に抜けるとたくさんのスイレンはえる池
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時期が来れば花がきれいなんでしょう、けど。。。

最後に正面からもう一度。
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長い参道もありますし、こっちから入ったほうが雰囲気はあったかな。
コンパクトでも良い神社でした。

おまけ うなぎアイス

最後に龍潭寺売店でおまけを購入
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うなぎアイス 山椒付き笑
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インパクトある名前ですけど、この手のアイスはお上品にまとめてあるものですから。

実食
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味は、うーん、うなぎ笑

山椒をかけると、、、うーん、一層うなぎの蒲焼。

それ以上は言いませんが、話題になることは間違いなしです。
お茶が美味しい味ですね。

お後がよろしいようで。

浜松北部の散策はこちらもどうぞ。
二俣地区で松平信康ゆかりの地を巡りました。

tmtmz.hatenablog.com

天竜浜名湖鉄道沿線の旅はこちら

tmtmz.hatenablog.com

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井伊谷城周辺散策 -井伊氏居館跡、井殿の塚、二宮神社、足切観音堂

井伊谷城に続いて、周辺の井伊氏ゆかりの地を巡ります。まずは井伊谷城近くから。

現地の案内にあった、井伊氏居館跡、井殿の塚二宮神社、足切観音堂へ。
さすがに残っていないものありましたが、よくよく見てみると遺構が残っているような気がするスポットも。

正解が知りたいのでブラタモリとかでやってくれないかな笑

井伊谷城周辺散策

井伊谷城見学の最後、浜松市地域遺産センターからスタートです。

センターの入り口には直虎の顔出しパネル以外にこんな看板もありました。
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引佐エリアだけでも結構あります。
井伊谷城への登城口で見かけた、色あせたそぞろ歩きマップと合わせて、見て回るところはすぐ決定です。

井伊氏居館跡

地域遺産センターから歩いてすぐに最初のスポット井伊氏居館跡に到着。

平時を過ごしたのが平地にある居館で、山上の井伊谷城と合わせて、本拠を形成していたと考えられています。そして詰めの城が三岳城だったと。
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看板をアップにした理由は

今はこんな感じで、完全に宅地化されていて、公民館になっているから。ですが、
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井伊谷城との位置関係は分かります。
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それなりに広い山城とはいえ、山上でずっと生活はできないですね。

現地は完全に宅地ですが、南西側の堀は今も残っている、と看板に書かれています。
Google mapでも西側から南側に描かれる水路が、多分それ。

現地を歩いていると、水路以外に暗渠もあって、意外と当時の区画が想像できます。
公民館前のクランクも名残かな。

と思うと、やっぱり居館は大きいです。

この辺、詳しい人のコメントを聞いてみたいところです。

井殿の塚

居館に続けて井殿の塚

居館の一画に置かれていますので、歩いてもそこまで時間はかかりませんが、これが同じ居館にあると思うと、さすがに広いです。
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こちらは今もきれいに整備されています。

この塚は、井伊直政の祖父、井伊直満とその弟、直義を祀ったもの。
直満と直義は1544年に謀反の疑いをかけられて殺害されました。

塚は大樹の下に石塔が建てられる形で今も置かれています。
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この大樹がいつ植えられたのかは分かりませんが、昔から地元の方が慕ってきていたことは分かります。

この塚全体も後世の修復は受けつつも16世紀の特徴を残しているそうです。f:id:tmtmz:20210711071906j:image
当時の無念とそれを思う地元の方々の気持ちが伝わるような。合掌

二宮神社

次の目的地は二宮神社

南北朝のころ、井伊家に身を寄せて戦った南朝宗良親王を合祀している神社です。
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今は落ち着いた神社という雰囲気で、心落ち着けて良いです。
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ただ、案内は完璧です。
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2種類の看板があって、何も知らずに訪れても大丈夫。
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そんな二宮神社の一角には天王社という摂末社がありました。

ここには、但馬社に祀られた小野政次が合祀されています。
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小野政次井伊家の筆頭家老でした。
ただ、父の代から井伊家との関係はよくありませんでした。
父の政直は、井殿の塚に祀られる井伊直満らを讒言により謀殺した人物です。

そのころ徳川家と内通していた井伊直親の内通を、主家であった今川氏真に伝え、直親殺害の原因を作っています。

井伊直虎が城主となった後、直虎を追い出し井伊谷を専横しました。
その後、遠江侵攻を始めた家康により井伊谷城は奪還され、政次は一時近隣山中に潜伏します。

が、堀川城侵攻に際して家康に発見され、幼い子息とともに処刑されました。
そんな政次を哀れんだ人々によって建てられたのが但馬社です。

話を聞くとお社を立てて祀られる対象ではない気もして、実は慕われてたり?とか思ったのですが、看板には逆臣なれど祟りを恐れると書かれていました。そういうものですかね。

堀川城はこちらです。

tmtmz.hatenablog.com

足切観音堂

そんな二宮神社の近くにあるのが、ちょっと物騒な名前を持つ足切観音堂
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やや荒れた印象もある参道を進むと、お堂がありました。
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中は見えませんが草鞋がたくさん。名前もそうですし、足にご利益があるのでしょうか。

そんな物騒な名前は、こちらも宗良親王の伝説に由来します。

南北朝の戦いの頃、宗良親王が敵の矢を受けて落馬した後、心配した従者が見たところ傷がすでに治っていました。
その夜、観音様の夢を見た親王が朝目覚めて観音様を見ると、片足が鮮血に染まっていたのだそう。

ちょいちょい聞くような話ではありますが、草鞋の量に示される地域の方の信仰の厚さは他とは違う気がします。

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これで井伊谷城近辺の散策は終了。
一見住宅街ですが、丁寧に歩いてみると色々あるものです。

ちょっとだけ足を延ばして、次は龍潭寺へ。

井伊谷城はこちらです。

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井伊谷城 (浜松市北区) -シンプルな山城は井伊氏の居館

井伊氏ゆかりの地をめぐるショートトリップへ。

まずは井伊谷城から。

大河ドラマの名残を感じる山城は、当時は人も多かったのでしょうけど、今は静か。
そういう静かなところで想いを馳せる時間も良いものですよね。

お城:井伊谷城 静岡県浜松市北区
HP:井伊家の居城「井伊谷城」/浜松市
訪問日:2021年6月

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概要

井伊谷城は、井伊氏が築いた山城です。

井伊氏は平安時代に始まり、中世には井伊谷城周辺一帯を治めました。
なお、初代の井伊共保井伊谷城を築いたとされます。

1562年に井伊直親が誅殺されると井伊家には適齢の男児がいなくなります。
直親の遺児、虎松(のちの井伊直政が城主となるまでの間、女性領主井伊直虎が城主としてふるまいました。

直政が家康の下で多くの武功を立て、上野箕輪城、その後近江佐和山城が与えられると井伊氏の拠点もそちらに移り、井伊谷城は廃城となりました。

訪問記

モリズバーガーのハンバーガ

久々の静岡県内の城跡めぐりは井伊家のゆかりの地を巡ります。
と、その前に腹ごしらえを井伊谷城近くのハンバーガー屋さんへ。

訪れたのはモリズバーガーさん
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店主は静岡で有名なハンバーグ店さわやかの商品開発責任者を務められていたそう。
さぞ肉々しいハンバーガーが食べられるのでしょう。
店主は森さんなのかな?

頼んだのはモリズバーガー 電話注文ですぐ受け取れました
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思ったよりバンズが特徴的です。しっかりとした存在感かつフワフワで柔らかい。

そして野菜がシャキシャキで存在感抜群。

もちろんパティは存分に肉の味がして美味しい。

付け合わせのポテトもひと工夫されていて、とても美味しかった。
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全部のパーツが美味しかった。
家の近くに欲しい一軒です。

駐車場は店の前の狭い3-4台のスペースだけと書かれていることが多いですが、道を挟んだ反対側にも比較的広いものがありますので、そちらがいいんじゃないかと。

r.gnavi.co.jp

井伊谷城

さて、腹を満たしたところで井伊谷城へ向かいます。

と言って着いたのは浜松市地域遺産センター
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また寄り道をしているのではなく、こちらの駐車場が井伊谷城の駐車場です。
公共の施設だけあってもちろん広々駐車場です。

そして、井伊谷城までの案内も完璧。
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ちなみに、こちらの引佐協働センターの駐車場は使っちゃいけないのでご注意。
現地にもそう書いてあります。

かなり刻んで案内が出されているので、登城口まで迷う心配ありません。
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100m行かないうちに看板を出すなんて、心配性ですね。

もういっちょ看板。歩いて2,3分の道のりに看板が多いです。大河パワーを感じます。
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登り口に到着
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整備は完璧です。これも大河パワーでしょう。

そして、この先の坂への備えもばっちり。
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色あせていますが、そぞろ歩きマップもありました。
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城跡が終わったらそぞろ歩くつもりですので、きっちりメモ。

頂上までは15分ほどの登り坂。
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結構な傾斜で休みどころが2か所くらいあったはず。
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まだまだ登ります。
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足に疲労を感じつつ、15分かけて大手の虎口へ到着
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虎口両脇の土塁は曲輪内部からの方がよく分かりました。
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かなり古い時代のお城のはずですが、意外としっかり残っています。

井伊谷城は単郭式の山城ですので、郭はこれで全部。
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少し広めの郭が広がります。虎口以外は土塁もありませんが、元々なかったのかな。

大河の名残がそこかしこに。
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新しい案内板や
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展望台
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そこからの景色
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さすがに遠くまでよく見えます。これなら物見もいらないか。
木が生長したのか、麓の井伊谷の街が見えないのが、現代人からすると残念ですが。

もう一度主郭へ。
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本当にシンプルな曲輪ですが、中央部の高まりの周りにぐるっと平場がある構造。
当時はどういう使われ方をしていたのかな。

平場をぐるっと回りながら見ていきましょう。

西側の搦手口
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こちらには土塁の遺構もありません。今はもう一方の登り口が続いています。

中央の高まりには御所の丸
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何のための石積みかは分かりませんが、名前は南北朝の頃に南朝方の拠点として宗良親王を迎えたことと関係がありそうです。

ぐるっと回ります。

北半分は自然のままの平場です。
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もともと断崖なので、守りの工夫はしていなかったのかな

御所の丸の近くに井の宮石陵
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完全に想像ですが、廃城後に出来た儀式用のものでしょうか。いや、当時からこうだったのかな。

北側からは三岳山、三岳城が見え、、るはずです。
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やっぱり木が成長したのかな。

三岳城は井伊氏の最終的な詰めの城でした。
さすがに詰めの城、高いですが車で近くまで行けるらしいので、また今度見に行こう。

これで主郭を一周です。帰りは下りなのですぐに降りてしまいました。

最後に地域遺産センターの見学を、と思いましたが、中は人が多そうだったので入り口だけで。

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右の直虎の顔出しパネルは分かるんですが、赤い方に開けてある穴も顔を出してほしいんですかね。。。

周辺散策へ向かいます。

感想

満足度 3/5

実にシンプルな山城で、遺構も少なく、山頂の滞在時間はのんびり回っても15分くらいでした。

観光に寄せたパネルなども置いてありますが、人はそこまで多くなく、落ち着いて想いを馳せるには良いところです。
夏場は虫が多いですが笑

アクセス

井伊谷城

  • アクセス
    電車・バス:JR浜松駅からバス 井伊谷または神宮寺バス停下車
                 神宮寺が登り口に近いですが、井伊谷がちょっとバスが多いです。
    車:新東名高速 浜松いなさICから約10分
      または東名高速 浜松西ICから約25分
      浜松市地域遺産センターの無料駐車場が利用可能です。
      近くの引佐多目的センターの駐車場は利用不可です。
  • 城跡
    散策自由
  • 所要時間
    ~0.5時間(登り下り含めて)
  • 付近のスポット
    百名城関連だと、浜松城長篠城が近くです。

    tmtmz.hatenablog.com

    tmtmz.hatenablog.com百名城ではないですが近くの二俣城や鳥羽山城は良い城跡です。

    tmtmz.hatenablog.com

    天浜線の金指駅も近くです。

    tmtmz.hatenablog.com

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諏訪大社上社前宮 -木曽路と諏訪の旅 2021春⑨終

この旅最後は上社前宮へ。
これで四社巡りもこの旅行もエンディングです。

前宮は自然に溶け込んだ雰囲気が素敵でした。
四社のなかでも特に自然豊かで、本殿前の緑の小川にはとても癒されました。
落ち着いた雰囲気の前宮が一番のお気に入りかな。
お前の好みなんか誰も聞いていないですね笑

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諏訪大社上社前宮

本宮からは道をまっすぐ車で5分くらい。
諏訪市から茅野市には入りましたが、下社と同様に上社同士は近い距離にあります。

ここもやっぱり道路沿いに無料駐車場も完備されていてありがたい限りです。

道を渡って早速境内へ。
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本宮と同じ石の鳥居。というか秋宮だけが青銅だったのか。
やっぱり大きいです。うっそうとした木々も相まって良い雰囲気。

鳥居をくぐるとこんな感じ。
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今までになく木を感じます。
すぐに土の坂になって、自然豊かな境内です。土の坂は降りるときに滑らないか結構不安でしたけど。

境内は長細くて、この先途中に民家なんかもありますが、何より人が少ない。なんだか懐かしい雰囲気を感じます。

あと、長野県指定史跡の看板もあって少し心惹かれました。

祭政一致時代の跡を残しているために上社前宮境内が史跡に指定されているそう。
祭政一致と言われてもすぐには分かりませんでしたが、政教分離の逆のこと。
古代は宗教指導者が政治の指導者の地位を持つことが多かったのです。

その看板で説明されていたのは、参道右手にある神殿跡 (ごうどのあと)でした。
跡地には神殿と呼ばれた諏訪大社大祝(おおほうり)の居館がありました。

大祝は現人神として諏訪大社神職の頂点に位置した職位で、代々世襲され、祭政双方の権力を有しました。
1483年には諏訪惣領家との内乱が起こりますが、その後1601年まで使われていました。
今は本当に跡地だけですが、歴史の一端を感じます。

前宮境内含めて周辺にもたくさんの史跡が点在しています。
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この看板でも中央上下だけが諏訪大社上社前宮で、あとは周辺の史跡案内。多いです。

個人的には、上社前宮の近くにあって、二の丸、三の丸まで書かれた干沢城も気になりますが、まずは参拝。

先へ進むと十軒廊(じっけんろう)
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今でも上社の祭事が行われる大事な建物です。

十軒廊を超えるといわゆる境内の景色からのどかな住宅街へ。
途中新しそうな広場やいくつかの摂末社を見ながら、坂を登っていきます。
ちなみに広場にはトイレもちょっとした休憩所もあって助かりますよ。

完全に住宅街の景色を見ながら少し歩くと本殿が見えてきました。

突然の木々の中にある本殿 雰囲気があります。
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下社や上社本宮と違って、前宮は本殿があります。

いかにも歴史のある本殿ですが、前宮は諏訪大社の御祭神が最初に居を構えられた場所、諏訪信仰発祥の地とされます。
そんな歴史が他の三社とは異なる雰囲気を作り出しているのでしょうか。
建物自体は昭和7年伊勢神宮の古材を使って建てられているそうです。

この辺りは緑の中に木々と本殿と小川。こののどかな雰囲気、好きです。
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小川は水眼 (すいが) と呼ばれ、古くから御神水として扱われてきたそう。
前宮が一番好きになったのは、この流れに心洗われたからかな。

本殿脇には御柱が建てられています。
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この辺りは御柱が立派ということも含めて他の三社と同じです。

ただ4本とも近くで見られるのはここだけ。周りの景色も含めてだいぶ違います。
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4本全部の写真はありませんが、現地でご覧ください。

しばらく水眼の景色を見ながらのんびり。心穏やかになったところで前宮参拝終了。

名残惜しいところですが日常へ帰ります。

振り返り

ここで木曽路と諏訪の旅も終了ですので簡単に振り返り


1: 馬籠宿 2: 妻籠宿 3: 駒ケ根ソースカツ丼 明治亭 4: 奈良井宿
5: 諏訪大社下社春宮 6: 下諏訪宿 7: 諏訪大社下社秋宮 8: 高島城
9: 片倉館 10: くらすわ 11: 諏訪大社上社本宮 12: 諏訪大社上社前宮
それぞれ記事のリンクを貼っています。

2泊3日の割には結構回ったかな

木曽路中山道宿場町巡りからの諏訪湖の温泉と諏訪大社参拝
中身は違えど、どちらも見どころ盛りだくさんでした。

馬籠宿、妻籠宿、奈良井宿はいずれも宿場町ですが、同時に回ったからこそ違いが分かりました。
奈良井が落ち着きと商売のバランスが取れていて良かったかな。全部良かったけど。

諏訪大社四社巡りもやはり似て非なるところが面白い。頑張って全部まわったからこそです。

ようやくコロナも少し落ち着いてきて、旅行に出やすくなるかなとも思います。
この状況が少しでも長く続くよう、リバウンドさせないように気をつけながら次の旅に出たいところです。

同じ長野でこんな旅行記はいかがでしょうか。

tmtmz.hatenablog.com

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諏訪大社上社本宮 -木曽路と諏訪の旅 2021春⑧

木曽路と諏訪の旅、最後は諏訪大社の上社へ。

まずは上社本宮から。
下社ともまた違って特徴あるので四社巡りをしても全く飽きないのが良いです。

本宮は工事中でしたが、それでもさすがの風格。
門前町も充実していて本宮と名がつくだけはありました。

工事してないときにまた行かないと。

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諏訪大社上社本宮へ

上社は諏訪湖から少し離れて南側、諏訪市に本宮、茅野市に前宮があります。

関東にお住いの方からすると四社の中では近い方2つになります。
関東住まいではないですが家の近くなので、旅の帰りがけに訪問です。

関係ないですが、旅のプランで近く→遠くに進む人と遠く→近くに進む人はどちらが多いのでしょうか。
私は基本後者で帰りに楽したい人なんですが、早くから楽しみたい前者の方はいますか?

どうでも良い話は置いておいて、まずは上社本宮へ。

こちらも有名どころにも関わらず、大きな駐車場が無料です。ありがたい。
相変わらずのフリー駐車スタイルですが、慣れたので戸惑うことなく駐車して参拝へ。

下社にはあまりなかった門前町のお土産屋さんがたくさん。
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やはり本宮だけあってここが一番大きいのでしょう。
コロナの影響かほとんど人がいなかったのはちょっと気がかり。。

駐車場から5分もかからずに境内に到着。
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鳥居はオーソドックスですが立派です。

本宮散策

内部はこのような配置になっています。
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赤矢印が参拝道。かなり特徴的なルートです。

北参道からくると、いったん左に折れて東参道の手前の入口門まで行き、そこでUターン、布橋を渡りながら帰ってきて、再度Uターンして向かって左手にある参拝所に辿りつくコース、のようです。

ようです、というのは、布橋を工事していて渡れなかったから。
2025年まで工事の予定です。残念。

ただ、見られる範囲は参拝道にあわせて見てきました。

まずは、手水舎の脇にあった明神湯
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流れているのは名前の通り温泉でした。
下諏訪でもそうでしたが、さすがは諏訪です。

その傍らに雷電爲右エ門銅像
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江戸時代の伝説の力士。21年の現役で10敗しかしなかったという嘘のような数字が残っています。

ただこの彫刻は三横綱を合わせた物だったりで、かなり創作より。
作った諏訪の彫刻家の方の方がゆかりが深そうです。
雷電さんも信州とはいえちょっと離れたところの出身ですし。

手形の手は相当な大きさでした。全く届かない。

本宮の一の御柱
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やはり存在感があります。
そしてこれだけの大木がつるつるなのも特徴的。

一の御柱の近くには直接参拝所に向かう階段もあるので、お時間ない方はこちらから行くことが多いでしょうか。

私は初志貫徹。参拝路にあわせて進みます。

大きな大きな楽殿
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この神楽殿のサイズ感は半端ないです。

写真だと小さく見える太鼓も半端ないサイズでした。
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この写真で分かるでしょうか。

この大きな立派な神楽殿に負けないサイズ。
晦日に叩かれるそうですが、音の大きさも凄そうです。

ちなみにこの手前には立派な土俵もあります。
想像通り奉納相撲で使われているようです。
やはり大きな神社は違います。

勅使殿
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なんてことない建物のようですが、1690年に建てられた重要文化財です。

東端には二の御柱
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布橋の工場足場があるせいでちょっと足場感がありますが、御柱

このあたりには楡の古木や馬の像が入る神馬舎などもありますが、人も少なくてちょっと裏手感があります。
神馬舎をはじめ、この辺りは結構良い雰囲気だったんですが、もったいないような。

本来のルートはここから布橋方面ですが、工事中なので、引き返して最初の階段へ。
家康が寄進したという四脚門東西の宝殿は見たかったなぁ。

階段上ると、左手にはすぐに参拝所が見えますが、いったん周りから。
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宝物殿脇には四の御柱遥拝所
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四の御柱は宝物殿奧、諏訪大神の御神霊宿るというが神体山の麓に立っていて、こちらから見上げる形式でした。
苔むした雰囲気と言い、良いです。

ちなみに三の御柱も同じように山の麓に立っています。

勅願殿
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古くから祈祷所として使われてきた建物です。こちらも1690年の建立とされます。

そして一番奥に位置するのが参拝所
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下社と同様に本殿を持たないため、こちらで参拝します。
ただ、下社と違って拝殿も遠くから拝む形となります。

最後に拝殿と左右片拝殿
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下社と同様にこれぞ諏訪大社という建築。立派ですし、細かいですし。
本当はもっと近くで長くみたいんですが、次の方もいるので少しだけ見て終了。

工事の関係もあって見られなかったところが心残りではありますが、特徴の片鱗は味わえたかな。

最後は前宮へ向かいます。

この旅は馬籠宿からでした。
tmtmz.hatenablog.com

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諏訪湖岸観光 片倉館・くらすわ-木曽路と諏訪の旅 2021春⑦

高島城に引き続き諏訪湖を観光。

お土産も買いつつ、歴史的建築も眺めつつ、湖も眺めつつ。
レイクレジャーなしでも十二分に楽しい時間でした。

ただ、諏訪湖で湖を見ながらのランチは要注意です。
こんなに気持ちの良い環境なのに誰もやっていないのには理由がありました。

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諏訪湖岸散策

高島城から戻って諏訪湖岸を散策。

昔は湖沿いにあった高島城ですが、今は歩くとちょっとかかる距離になっています。
それでも春のうららかな陽気のもとで歩く湖岸はとても気持ち良いもの。

あっという間に湖に到着です。
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この日は晴れていたので対岸までくっきり。
いくらでも歩けそうな気持ちよさでした。

湖岸にはなんでかSLも。
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縁はよく分かりませんが、デゴイチ
そこそこきれいですし、近くで見られてそれはそれでよかった

でも、どっちかというと、右奥の遠近感を狂わせるスワンボートの方が気になるかも。
この写真だけは1回目の高島城訪問時のものなので船のことは覚えていないのですが、結構ホラーなサイズの白鳥に見つめられてますよね。。

片倉館 -千人風呂

偶然のホラーは置いておいて、明るい日に戻りましょう。

春の諏訪湖岸はいくら歩いてもいいくらいの気候でしたが、さすがに30分歩いたらお腹いっぱい。
施設見学です。

最初に向かったのは片倉館 国の重要文化財に指定された昭和初期の大衆浴場です。
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レトロな外観が魅力的です。
こちらは会館棟。

そしてこちらが温泉浴場棟
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一見教会かと思うような外観ですが、手前には千人風呂の看板。
なんとも特徴的な大衆浴場です。

この片倉館は、かつてシルクで財を成した片倉財閥の当主がヨーロッパで見かけた厚生施設に感銘を受けて建設したものです。
だからこのようなモダンな作りになったのでしょうね。

ちなみに片倉財閥は戦後解体されますが、傘下にあった片倉工業富岡製糸場の経営権も握っており、閉鎖後も維持管理に努めた結果、世界遺産につながることとなります。
個人的には甲子園によく出ている松商学園も関連ということにも驚きました。

1回目は夜だったので、特徴的な名前の千人風呂にも入ってきました。
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外観に違わず、浴室にも彫刻やステンドグラスがあって、かなりモダンです。
映画「テルマエロマエ」のロケ地にもなりました。

千人風呂と言いつつ、頑張っても100人くらいの浴槽でしたが、特徴はほかに。

深さは、まさかの1.1m。普段のお風呂のように座ってはいろうとするとアップアップしてしまう作り。
端にはちゃんと腰掛ける場所がありますので、ご安心を

そして、底には大きな玉砂利が敷かれていて、立って入るだけで足つぼマッサージを受けられる嬉しい?仕様です。当たり所が悪いと痛かったですが。
厚生施設ですし、もしかすると本気で健康を考えたのかも?

もちろん、お湯はとても気持ち良く、人気があったのがうなづけるお風呂でした。

風呂上りには瓶入りファンタが待っていました。初めて飲むかも。

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レトロさに惹かれて買ってしまいましたが、自販機についた栓抜きは初めてでした。
最初ちょっとおろおろしてしまいましたよ。。

浴室内は片倉館HPから見られますので、気になった方はどうぞ

www.katakurakan.or.jp

片倉館 -会館棟

そんな千人風呂も明るい午前中に入るほど好きではないので、今回は会館棟の見学へ。

予約すれば案内付きで見られるそうですが、今回はフラッと案内なし見学です。
千人風呂を外から見るだけのつもりが、外から見えた立派な狛犬と見学の看板に誘われてしまったので。
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この狛犬靖国神社狛犬の原型だそうです。

中も想像に違わずレトロです。
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細部を含めて贅沢な作り。
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2階は恐ろしく広い204畳の大広間f:id:tmtmz:20210506205400j:image
今でも普通に貸しているようです。

コロナが明けたら宴会をする人も多いんでしょうね。ステージもついていますし。

この2階からは温泉棟の壁に作られたレリーフも見ることができます。
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これ、ここからしか見ることができない立地にあります。

1階も広間がたくさんあり、レトロな機械や、片倉館開館に際して寄贈された東郷平八郎の書などが展示されていました。

広間は一見普通の和室なんですが、よく見ると障子に工夫がされていたりと、細部までこだわった造りが印象的でした。

くらすわ

片倉館でレトロに浸った後は、俗に戻ってお土産です。もう旅も締めに近いので。

やってきたのは諏訪湖岸のくらすわさん
ここは現代の長野の大企業の一つ、養命酒製造さんがプロデュースするおしゃれなショップです。

よりどりみどりのの信州のお土産に、カフェ、レストランにパンなどなんでも揃っていて大変お世話になりました。

くらすわレストラン
〒392-0027 長野県諏訪市湖岸通り3-1-30
2,000円(平均)1,600円(ランチ平均)
r.gnavi.co.jp

そう。この日のお昼はくらすわさんのパン。諏訪湖を眺めながらいただきますよ。f:id:tmtmz:20210506205343j:image
気持ちの良いお昼ご飯

に、なるはずでした。。

この写真を撮った30秒後、このコロッケサンド(だったかな)はトンビの餌になりました。

よくよく見るとそこら中にトンビがいるじゃありませんか。
だから誰もピクニックしていないんですね。
それにしても、肩口を鳥が通り抜ける感触は怖かった。

仕方ないのでもう一度くらすわさんへ。

改めて買ったパンと一緒にソフトクリームもいただきました。中庭テラス席で。
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くらすわさんの屋上にも席がありますが、やっぱりトンビに注意と書かれていました。
ちゃんと周りを見ないと。浮かれた旅人になってしまった。

さて、気を取り直して次回、残された諏訪大社の上社へ向かいます。

この旅は馬籠宿からでした。
tmtmz.hatenablog.com

ビーナスライン諏訪湖の近くですね。

tmtmz.hatenablog.com

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