にわかお城ファンの旅行記

にわかお城ファンの歴史探訪記

周りに影響されて城巡りを始めました。城と景色と郷土料理が楽しみな旅好きです。

顔戸城 (岐阜県御嵩町) -堀と土塁の中の住宅地は中世平城跡 名鉄広見線末端区間に乗って

可児市の城めぐり、最後は可児市をちょっと外れて御嵩町顔戸城(ごうどじょう)
顔戸明智八郷と呼ばれた明智荘の一集落です。

明智駅から顔戸駅までの名鉄広見線末端区間の乗車記とともにご紹介。

顔戸城に残る遺構は少ないですが、その少ない遺構からも伝わる特徴的な居館の構造は少し足を延ばす価値ありです。
できれば上から見てみたかったなあ。

お城:顔戸城 岐阜県御嵩町
HP:顔戸城址|観光スポット|ぎふの旅ガイド
訪問日:2021年3月
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概要

顔戸城は、室町時代の初期のころ斎藤妙椿が築きました。

南に可児川、東北南は深い空堀と土塁を設けた平城で、東西150m、南北167mの城域は居館として使われていたと考えられています。

今も空堀と土塁が残る貴重な中世平城です。

訪問記

名鉄広見線末端区間に乗車

明智城訪問記)から顔戸城への移動にあわせて名鉄広見線の末端区間に乗車。

名鉄名古屋鉄道は名古屋を中心に広大な路線網を持つ大手私鉄ですが、ローカル線も多数抱えています。

愛知県の犬山駅から新可児駅を通って御嵩町御嵩までをつなぐ広見線の末端区間新可児駅御嵩もそんなローカル線の一つ。
いや、存続が危うい路線の一つといえるかもしれません。
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かつては終点の御嵩駅から新名古屋駅方面への直通電車も出ていたのですが、新可児駅で分断され、乗り換え改札まで設置されてしまいました。

御嵩駅側は2両の赤い電車が行ったり来たりしているだけ。
ICカードが使えないので昔ながらの切符を買って乗車します。

ローカルな雰囲気は素晴らしいのですが、そこかしこに繁栄の名残があるのがうら淋しい。

コロナ禍で厳しさを増しているであろうこの区間を応援しに、1駅だけですが乗車します。

まずは明智城最寄りの明智駅へ。
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歴史を感じる駅舎はありますが、無人駅。写真中央のクリーム色の機械が券売機です。
駅舎とは無関係の場所に置かなくても良いのに。

2面3線のホームは屋根もしっかり
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というのも、かつてはここから八百津町までをつなぐ名鉄八百津線が出ていたから。
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2001年までは美濃金山城訪問記)最寄りだった兼山駅へも続いていました。
今は同じ区間をつなぐYAOバスが出ています。

明智の駅名は明智城に拠りますが、大河の熱が残る明智城とは打って変わって静かでした。
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それでもさすがに大手私鉄、30分に1本は電車があり、真昼間でも私のほかにも乗客もおり、まだまだ大切な足として機能している様子。

懐かしい名鉄赤い電車で1駅。すぐに目的の顔戸駅に到着。
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顔戸駅の隣は御嵩口駅。終点の御嵩駅もすぐです。

顔戸駅はザ・ローカル駅の様相。
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単線の線路に小さな駅舎。青春映画が撮れそうな雰囲気。好きです。

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きっと、学校帰りにこの駅で、また明日~と言いながら別れる日常があるのでしょう。
そんな日常が続いてほしい。

顔戸駅にはこの区間を盛り上げる広告も掲示してありました。
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このブログに目を通して下さるような歴史好きの方にうってつけのマップじゃないかと思います。コロナが落ち着いたらぜひ。

街中には日に焼けた広見線利用促進運動の旗がありました。
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呼びかけだけでは残りませんので、本当に乗って残そう広見線、ですね。

顔戸城訪問

ようやくタイトルに戻って顔戸城へ。
先ほどの顔戸駅から徒歩5分程度と至近距離です。

まずは上空からの写真で様子をご覧ください。


顔戸城跡と書かれているところからぐるっと四角く続く緑の林が顔戸城跡の土塁と堀です。
その規模感と今の使われ方が見えるでしょうか。

これを見に行きます。

まずは上の地図で「顔戸城跡」のマークがある場所へ。立派な石碑と旗がお目見えです。
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石碑には縄張り図もあります。
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周りをぐるっと囲む堀と土塁が一番の見どころ。
櫓跡や居館跡があるように書いてありますが、近寄ることもできなかったので。。

それにしても石にこれ刻むの大変じゃないのかな。

この石碑の脇に立派な堀が残っています。
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北側の堀はよく見える状態

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西側は藪藪してますね。

堀外の土塁は割と分かる状態
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この中に館があったら確かに安全性高いかも。

北側の堀沿いに歩きたいところですが、住宅街になっているので、いったん離れて北面へ。
こちらも同様に藪藪した堀。
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言われなければわからない竹林ですね。

土橋っぽいところもありますが、入る勇気はでませんでした。。
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西側にも空堀は残っていますが、やっぱり周りは住宅街。
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周りはずっとこんな感じの堀が続いています。

南側からの舗装路で堀の中へ向かいます。
中に入っても民家が立ち並んでいました。

さすがに民家の写真を撮る気にはならないので、空き地から曲輪内部の雰囲気を一枚。
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この横は普通の民家ですが、奥の木々は堀と土塁です。

堀と土塁に囲まれた民家というのは、なんとも安全な土地ですね。
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土塁は今も結構な高さが残っています。
この外にそこそこ深さが残る堀があると思うと、侵入する勇気が出なくなりますね。

まぁ平和な現代では不要な代物かもしれませんが。

感想

満足度 2/5

今の遺構は周囲をぐるっと囲む空堀と土塁のみですが、その大きさはとても立派。
中に住宅街ができるくらいの広さの城館に住まわれていた当時の城主の権力に思いを馳せながら一周してみると良い散歩になるのではないでしょうか。

その時にはぜひ名鉄広見線で。

アクセス

顔戸