にわかお城ファンの旅行記

にわか城好きの歴史探訪記

周りに影響されて城巡りを始めました。百名城スタンプ目当てだったのに気がついたら沼にハマっていました。

高根城 (浜松市天竜区) -北遠の奥地に復元された山城

浜松市北部、長野県境もほど近い旧水窪町にある山城、高根城へ。
市街地から離れた立地はネックですが、城跡は丁寧に復元整備され素晴らしいの一言
大河でも使われた今の姿、一見の価値アリです。

お城:高根城 浜松市天竜区
HP:高根城跡/浜松市
訪問日:2022年8月

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概要

15世紀前半、この地の国人であった奥山氏が築いたと考えられています。
遠江最北端、信濃との国境近くに位置し、街道や国境警備を目的としていました。

15世紀末には今川氏の配下に入ったと考えられます。
今川氏が衰退した1569年には信州の遠山土佐守の侵攻により落城、1572年には武田氏配下の城となっていました。

1576年、武田氏の衰退に伴い、廃城になったと考えられています。

2001年、発掘調査結果をもとに山城の姿が復元されました。

訪問記

先述の通り、高根城は浜松市北部、長野県境もほど近い山奥にあります。

今回は新東名高速浜松浜北ICから国道152号線をひたすら山へ1時間かけて訪問。
水窪町の市街地に入ったあたりの山の上が目的地です。
もはや浜松市とは思えないほどの距離でした。三遠南信道ができたら近くなるかな。

城跡は立派な公園に整備されていて駐車場も充実。
高根城公園駐車場と立山林道駐車場の2つがあります。

今回は高低差が少ないという立山林道駐車場を選択しました。

看板完備で迷う心配はありません。
が、駐車場のある立山林道はすれ違い困難な隘路。
駐車場は林道突き当りの車数台分のふくらみだけ。
でも、高根城公園へはほぼ水平移動で5分ほど。
いろいろとハイリスクハイリターンな駐車場でした。

ちなみに高根城公園駐車場への道も十分狭いので、そのあたりはどっちもどっちかも。

車を置いて高根城公園へ向かいましょう。
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この写真だけを見るとそんな山奥には見えないですね。本当、よく整備されています。

高根城までのルート案内もしっかり。
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ここまで来たらマムシ注意くらいではビビらないです(笑)

歴史の解説は石のベンチに刻まれていました。珍しい。
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それでは看板に沿って高根城へ向かいましょう。
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足元の整備も万全で
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分かれ道の案内も万全です。
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さすがに多少は登りますが、5分もすれば
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見えてきました。高根城。
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近づくと、深い二重堀切で早速入れる気がしない光景が広がっていました。
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このルート唯一の難点は、訪城ではなく侵入ルートになってしまうことでしょうか。
まあ攻め手の気持ちになれるということで。

このあたりに解説も置かれているのですが、全体の縄張図がなく、余湖さんのHPよりお借りした縄張図で全体像を確認です。

南北3つの曲輪が置かれた山城です。それぞれの曲輪の間は深い空堀で隔たれており、二重堀切も築かれています。
また本曲輪、二の曲輪の手前には、Aの小曲輪が置かれ、守りの工夫が感じられます。

三の曲輪、二の曲輪

改めて、南端の二重堀切から散策していきましょう。
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幅29m、間の土塁が4mにもなる大きな二重堀切です。

上からは深い二条の堀切にしか見えませんでしたが、実際には9mに達する薬研堀
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三の曲輪に沿って設けられた8mの堀の2本からなります。
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上手く薬研堀を越えたとしても、さらに土塁と堀切を越えなければならず、三の曲輪にたどり着くのは至難の業です。
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三の曲輪内部から先ほどまでいた城外を振り返ります。
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守り手からするとこれほど心強いものはないでしょう。

すこし順番前後しますが、三の曲輪を見ていきます。
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柵付きで復元されていて、とても良い雰囲気です。
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広さはそれほどでもなく、大人数が籠れるものではないかな。

北側、二の曲輪方面には高まりと堀切
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二の曲輪への通路はこの脇を通って伸びています。

三の曲輪と二の曲輪の間の堀切は深さ8mに及びます。
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ただ、東側に作られた土橋で接続していて、そこからの深さはそれほどなので遠目で見たときほどの威圧感はないかも。
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まあ二の曲輪からガッツリ狙われている訳ですが。

この先は二の曲輪の下を通って進みます。二の曲輪には真っすぐ入ることはできず
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一段下の小曲輪へ。
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本曲輪から良く狙われる立地。このルートで攻めあがりたくはない。。。

小曲輪から二の曲輪へは梯子で接続されていました。
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が、使用禁止。残念ですが、使えてもちょっと怖いかな笑

このあたりの階段や梯子は設置場所は同じでも形状は安全を優先して変更した旨が案内に記載されていました。このような丁寧な解説は珍しい。好印象です。

この先、本曲輪方面へは木橋でつながります。
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対岸の小曲輪には簡素ながらも門まで設けてあり、本曲輪は土塀で囲ってあります。
そしてそれを華美にならない範囲で復元されている今の姿、素晴らしい。

木橋下の堀切も深いですが、本曲輪と二の曲輪の堀切もかなりのもの。
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深さ、幅ともに二の曲輪と三の曲輪の間のそれよりずっと大きい。

通路を通らないと登れない状態ですが、本曲輪足元の小曲輪からは、、、
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狭間が良く見えますねー そんなこと言ってる暇はないでしょうが。
素人でもよく分かる守りの工夫がたくさんあって面白いです。

門を越えたところには少しだけ石積みもありました。
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静岡県唯一の武田氏の石積とのこと。こんな見えないところにあるとは、必要に駆られてのものでしょうか。

この先は通路通りに本曲輪へ
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本曲輪

いよいよ土塀で囲まれた本曲輪へ。
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こちらもさほど広くはない曲輪ですが、ぎっしりと建物が建てられています。
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調査の結果、礎石建物(倉庫?)と掘立柱建物(井楼櫓?)、門や塀、土塁が見つかっています。
また、南側には主殿があったと推測されています。
それらが可能な範囲で復元され、想像が入った主殿風建物を含めてぎちぎちの状態を作っている訳です。

内部を見ていきます。まずは南端、二の曲輪方面。土塀手前には高まりがあり、狭間から見下ろせるようになっています。
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守り手の気分で一枚。先ほどの小曲輪が良く見えます。
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中央に構える主殿風建物こそ外観のみ合わせた想像ですが
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井楼櫓は武田信玄・勝頼によって建てられたと考えられるものを復元しています。
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高さは8m。当時もこのレベルを作れる技術があったんですね。

井楼櫓の脇には曲輪内部を仕切る塀と門があります。
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振り返るとこんな感じ。ここから奥が特に重要な部分だったのでしょう。
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門の外には番小屋か倉庫と思われる礎石建物がありました。
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その先はすぐ大手口にあたる城門。
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大手口から番小屋を通って井楼櫓や主殿へ、という流れがあったのでしょう。

大手口の先は少し下りて、腰曲輪が広がります。このあたりからの眺望がすばらしい。
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鮮やかな山々に水窪の市街地。夏に来てよかった。

最後は振り返って大手門を一枚
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門越しの井楼櫓。最後まで素晴らしい復元山城でした。

感想

満足度4.5/5

深い堀切、二重堀切、本曲輪足元の小曲輪など、素人でもすぐわかる守りの工夫を随所に感じることができました。
曲輪に置かれた復元建造物も、良い雰囲気。分かったことと分かっていないこと、復元できたこととできていないことを分けて書かれた説明が印象的でした。
安心して目の前にあるものをそのまま受け取れます。

遠方ですが、そのためだけに行く価値のある、小さくとも侮れない山城でした。

アクセス

高根城