にわかお城ファンの旅行記

にわか城好きの歴史探訪記

周りに影響されて城巡りを始めました。百名城スタンプ目当てだったのに気がついたら沼にハマっていました。

米沢城(109)-2019GW東北城巡り⑦

城巡りに戻って最初は米沢城。
今は上杉神社になっています。
遺構はあまり残っておらず、また上杉まつりと被ってしまってお祭りを見にきたかのような状態でしたが、上杉家関連の石碑、銅像の数はさすがで、地元に愛されている様子がよく伝わりました。

お城:米沢城(109) 山形県米沢市
HP:米沢城址(松が岬公園):やまがたへの旅/山形県観光情報ポータルサイト

訪問日:2019年4月

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概要

米沢城は、本丸を中心に、二の丸、三の丸が取り囲む輪郭式平城でした。
当時から石垣ではなく土塁で本丸を囲んだ城郭でした。
また、天守は構えられず、本丸の2基の御三階櫓が天守の代用とされており、その他、二の丸にも4基の二階櫓が築かれていました。

その歴史は鎌倉時代にさかのぼります。
鎌倉時代中期に長井時弘が築城したとされますが、史料や遺構は確認されていません。
その後、南北朝時代に伊達氏が侵略、安土桃山時代まで伊達氏の支配下となります。
また、晴宗の時代からは米沢に本拠地を移し、政宗もこの地で生まれたとされます。

1591年、政宗豊臣秀吉の命により岩出山城に移り、代わって蒲生氏が米沢に入ります。この時米沢城は改修を受けています。
1598年、上杉景勝120万石会津に入封し、重臣である直江兼続が城主となりました。
関ケ原の戦いでの西軍の敗戦により上杉氏は米沢30万石に大減封され、以降は上杉氏の居城として明治時代に至ります。
この間、1608年に兼続の手により近代城郭としての大規模な改修を受けています。

また、関ケ原の戦い後の大減封、その後のさらなる減封にも関わらず家臣団をほとんど解雇しなかったことは、のちの深刻な財政難につながります。
8代藩主・重定は藩領の返上を本気で考えていたほどでしたが、9代治憲(鷹山)の藩政改革により見事に財政は建て直されました。

明治期の破却を経て、本丸は上杉神社に、二の丸、三の丸は市街地となっていますが、二の丸では松岬神社、三の丸では餐霞館跡などの文化財が見られます。

訪問記

蔵王温泉を出発して午前中に米沢市に到着。
ですが、街中がなにやら大変な人。
米沢上杉まつりと被ってしまったようです。

米沢城の駐車場も広いのに満車。それでも次から次へと車が来て大混乱。。。
仕方なく離れた街中の駐車場に駐車することになりました。
下調べは大切ですね。

改めて徒歩で米沢城へ。

お祭りはいったん置いておいて、まずは城跡探索へ。
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米沢城は現在は上杉神社となっていて、ほとんど遺構は残っていません。
こちらはその中で数少ない遺構である本丸へのお堀
ちょっと小ぎれいすぎる気もしますが。。

お堀端の桜は散ってしまっていますが、時期が来れば綺麗なんでしょう。

中は上杉神社です。
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ここを見ると完全に神社ですね。お祭りも相まって城跡感はありません。

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近くに上杉謙信銅像を発見。上杉の本拠地ですから。

謙信像を見物後、向かいにある米沢観光コンベンション協会へ。
人込みにもまれながらスタンプをゲット

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モデルは、どこでしょうか… 上杉の毘の旗は分かりますが。
すごい人で落ち着いてスタンプを押すこともできませんでした。お祭りだからでしょうか。普段からこんなだったらちょっと。。。

さて神社を散策です。
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上杉鷹山銅像。近くには伊達政宗生誕の地の碑だったりと銅像がたくさん。

上杉鷹山は屈指の名君としてエピソードに事欠かない人です。
成せばなる 成さねばならぬ何事も 成らぬは人の成さぬ成けり」は有名な名言です。
自ら率先して質素簡約を奨励しつつ、倹約と並行して産業奨励や災害対策の非常食の普及にも尽力していたとか。視点の広さに驚かされます。

上杉まつりでも非常食にもなる垣根、ウコギの苗を販売していました。
今も上杉鷹山の精神が息づいていることに驚きです。

参拝を済ませて、お堀端を上杉伯爵邸へ
二ノ丸跡に建てられた14代茂憲伯爵邸で、初代の大邸宅は火災で焼失してしまいましたが、大正時代に再建された邸宅と庭園を見ることができます。

建物は料亭になっています。
そろそろお昼時ですが、お祭りの影響もあってか満席。。
自由に散策できるお庭だけ見させていただきました。
写真を撮るのも憚られるような落ち着いた雰囲気の緑がきれいな日本庭園。
こういう雰囲気は良いです。ここにも上杉鷹山がいたような。

戻って上杉博物館方面へ。
上杉博物館の前の芝生広場ではカラオケ大会中。
遠くからも緊張が伝わってくる出番待ちの方を応援しながら横を通り過ぎます。

出店がたくさん出ていた方にお昼ご飯を探しながら進むとまたいらっしゃいました。

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鷹山先生。
逸話を勉強すればするほど鷹山公と呼びたくなる気持ちはよくわかりますが、ちょっと近距離に多すぎるような笑

最後に、近くの上杉城史苑のレストランでお昼ご飯とお土産を済ませて、米沢城終了です。

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もちろん米沢牛をいただきました。美味しかった。

次は二本松城です。

tmtmz.hatenablog.com

感想

満足度2/5
完全に神社になっているので、お城跡感は皆無です。
もともと天守はなく、石垣も少なく土塁メインの質素なお城だったということも影響しているのかもしれません。
探せば土塁なんかも残っているそうですが、お祭りの日はそれどころではありませんでした。

遺構という意味ではあまり見どころはありませんが、神社はとても立派です。
銅像や石碑を見て思いを馳せるのが良い回り方でしょうか。

基本情報

米沢城
山形県米沢市丸の内1-4-13

 

ちなみにGW東北城巡りは多賀城からでした。

tmtmz.hatenablog.com

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