前回に引き続き津山城。天守曲輪と本丸から搦手口へと回ります。
特に本丸と天守曲輪は所狭しと石垣、門、櫓。
当時はどんなだったのでしょうか。
お城:津山城(67)岡山県津山市
HP:津山城について | 津山市公式サイト
訪問日:2021年8月
訪問記
天守曲輪~天守台
備中櫓を見終わったところからスタート。
備中櫓まではこちらを参照ください。
tmtmz.hatenablog.com
もう一度案内図で全景を確認
中央下の青、備中櫓から本丸西の天守曲輪、北の二の丸、北西の裏門方面へ。
ここからどこよりも石垣に囲まれるゾーンでした。
五番門をくぐって天守曲輪へ
今は作業用通路の雰囲気ですが、支柱と控柱の跡が見つかっており、高麗門か薬医門だったと推定されています。
五番から始まる理由が気になるところ。1~4はどこにいたのだろうか。。。
右手には天守台が見えてきました。
立派な石垣。
大きさのまちまちな石を使いつつ、きれいに端が揃っていて、美しさすら感じます。
写真見切れた右側の五番門から出てきたので、中央奥へ進んでみます。
礎石が残る門跡。
天守付属の櫓門だった六番門じゃないかと思いますが、説明はなかったような。
その先は武者走りが残る石垣を見ながら、天守台東側の入り口に到着。
でもまだ天守曲輪を堪能していないので、いったん引き返します。
天守台を見上げた地点に戻って外を見ると、復元された土塀と備中櫓
今は想像するのみですが、こういう景色がそこかしこに広がっていたのでしょう。
津山城の櫓の数は姫路城や広島城のそれをも上回るほどでした。
と思うと、こんなに眺望は良くなかったのかも。
ここまでを上から見るとこんな感じ
中央奥から備中櫓、五番門の道、六番門の道。
石垣の間に立つと、敵兵(がここまで来たことはないと思いますが。)と同じく圧迫感とどこにいるのかわからなくなるばかりでしたが、上から見ると構造がよく分かります。
建物がある姿は想像するよりほかありませんが、この感覚を狙ったんだろうなぁ。
天守曲輪西端から改めて天守台
何度見ても立派です。角ばった感が良い。ああ語彙力。。。
ただ、天守台東側の入り口へは、まだまだ。
天守曲輪西には多門櫓がありました。
天守曲輪西端は南北に細長い多門櫓で守られていました。
足元の御影石が輪郭、樹脂舗装部分が櫓の内部を表しています。
写真奥の色が違う部分を含む南北の端には二重の隅櫓が設けてありました。
細長い櫓と聞いてもっと薄い建物を想像していましたが、意外と大きくて驚きです。
さらに回って天守曲輪北側
ここにはやはり櫓門だった七番門がありました。これまでの数字門より枡形が立派。
腰曲輪を介して二の丸につながり、二の丸からの最短ルートだったことが守りの厳重な理由でしょう。
さらに腰曲輪との間には3mの高低差を設けて、非常時に容易に取り外せる木の階段で接続されていたと推測されています。
天守曲輪をぐるっと回って、ようやく天守台へ。
相変わらず整った石垣の内部へ、
穴蔵を通って入ります。
内部には大きな礎石も。
ここに、層塔型五重五階の天守が建っていました。
明治初頭まで残り、古写真でもその姿を伝えていますが、取り壊されてしまいました。
シンプルで質実剛健というような、大きな天守だったようです。
いやーもったいない。
ちなみに過去の逸話を踏まえると四重の天守というのが正しいかもしれません。
幕府から五重の天守を咎められた森忠政が四重目の瓦を剥いで庇と言い張った、という言い伝えもあるので。
いずれにせよ、その姿、見て見たかったものです。
天守台石垣にはハートの石がある、と推されていました。
多くの人に来てもらうにはこういうのも良いのかもしれませんね。
天守台上からの眺めはもちろん抜群でした。
ここに城を構えた理由がよく分かります。
一通り天守台を見て回ったので、八番門を通って本丸へ帰ります。
こちらも櫓門形式でした。
広くはないスペースに櫓門がたくさん、本丸も御殿が建っていて、当時は要塞のような状態だったのかな。
このあと本丸東側を見て回ろうと思いましたが、工事中。。。
粟積櫓の高石垣も見どころとされていたのですが、
ちょっと遠いなぁ。。
本丸~搦手口へ
諦めて裏切手門から北側へ。
ここにも礎石が残っていますね。
裏と言いながら手抜かりなく門が置かれていたのでしょうね。
下りて曲がったところには裏鉄門
どこが裏かというような規模感。やはり鉄門の名の通り、鉄板で覆われていました。
さらに先へ進みます。
こちらは歩きやすいように整備が進められていました。
そして枡形を折れると裏中門
ここも礎石が残っています。当時はやはり櫓門でした。
そこらの城の大手門以上のサイズがありますが、これで搦手口。
奧の石垣も相当な高さですが、これで裏中門
裏なんてつけずに別の名前を付けてあげればよいのに。
ここから再び二の丸へ。
二の丸の搦手である裏下門も木が生えていますが、櫓門だった当時の礎石があります。
階段、クランク状に裏下門、階段、で同じく攻め込みにくい造りをしています。
おりてすぐに本当に外ですので守りは堅いですね。
この門から出ようと思ったのですが、開いていませんでした。。。
という訳で本丸、天守曲輪の綺麗な石垣を見ながら二ノ丸を表中門方面へ帰ります。
でも、この見事な反りを見ながら帰れたので、これはこれでよかった。
石垣には随所に折れもありました。
備中櫓を見上げる素晴らしいアングルにもニンマリしながら、余韻を楽しみました。
門開いて無くて良かった笑
おまけのご当地マンホール
河童のえもいわれぬ顔が哀愁を誘って、なんだかツボでした。
次回、もう少し津山城東の街並みを回ります。
感想
満足度 4.5/5
総石垣の近世城郭。まさにその真骨頂というような縄張りでした。
自分がどこにいるのかわからなくなる縄張りの妙やそれぞれの門のサイズ、きれいに整った石垣、本丸の狭さを克服する工夫など、記憶に残る点が盛りだくさんでした。
その分ブログは分かりにくいでしょうが、、、現地で迷ってみてください。
見所として有名な一二三段の石垣をはっきり見られる場所を見つけられなかったのだけが心残りです。
アクセス
- アクセス
電車・バス:JR津山線 津山駅から徒歩10分
車:中国道 津山IC、院庄ICから約15分
無料駐車場あり
鶴山公園専用駐車場(20台)入り口が狭いのでご注意
津山観光センター駐車場(30台)訪問時は満車でした。。 - スタンプ・開館時間
津山城備中櫓受付
開館時間:9:00~16:30
城跡自体はこちら 8:40~19:00 (4~9月)、~17:00(10~3月)
さくらまつり期間中は延長されます。
休館日:12/29~31
入館料:大人310円、中学生以下無料 - 城跡
同上 - 所要時間
~2時間 - 付近のスポット
百名城関連だと備中松山城や岡山城、備中高松城が近くです。
津山城の前編はこちらから
tmtmz.hatenablog.com中国地方ではこのあたりも回っています。
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