にわかお城ファンの旅行記

にわかお城ファンの歴史探訪記

周りに影響されて城巡りを始めました。百名城スタンプ目当てだったのに気がついたら沼にハマっていました。

続百名城 高島城 (130・長野県諏訪市) - 木曽路と諏訪の旅 2021春⑥

諏訪大社散策をいったん休止して、諏訪の続百名城、諏訪高島城へ。
諏訪湖至近に建つ日本三大湖城の一つです(あと2つは松江城訪問記)と膳所城)。

今は諏訪湖まで少し距離があり、ちょっとよく分からない立地になっていますが、かつては本当に諏訪湖に面していて、諏訪の浮城とも呼ばれていたそう。
そのころの姿も見てみたいものです。

お城:高島城(130) 長野県諏訪市
HP:諏訪高島城 - 諏訪市公式ホームページ
訪問日:2017年7月、2021年5月
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概要

この地は長く諏訪氏が治めていましたが、戦国時代に武田氏や徳川氏に従うこととなります。
1590年の徳川氏の関東移封に従い、諏訪氏は武蔵へと移り、豊臣秀吉家臣の日根野高吉が入ります。

築城の名手として知られる高吉が、1598年に高島城を築城しました。
湖に突き出した島という立地であったため、軟弱地盤に対応した最新技術が用いられたと言われます。

関ケ原の戦いの後、諏訪氏が戻ると、そのまま明治維新まで治めます。
廃城令で天守は撤去されますが、1970年に公園として整備、復興天守が築かれました。

訪問記

本丸外周散策

諏訪湖岸のお宿から歩いて訪問。
高島城が目当てだったから諏訪湖泊にしたというのも言い過ぎではないかな。

2017年にも一度訪問していましたが、そのころは続百名城が始まる前。
見て楽しむのはもちろん、スタンプゲットも大事な目的です。

諏訪湖側から道路を歩くと、いきなり本丸の東側にある天守に到着。
今の感覚だとありえない天守の場所ですが、これが湖城だった名残でしょう。
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天守は当時のものと全く同じではないとはいえ、あるとないとでは存在感が違います。
観光客も呼べるでしょうし。

石垣にフォーカスしてもう一枚。
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不揃いな感じがたまらないですね。

ちなみに、石垣の真横は道路。
ここに車が停まっている写真をネットでよく見ますが、公式の駐車場は道を挟んで反対側にあります。(当然か)

ここに本丸への入り口はありますが、メインは置いておいて、本丸外周を進みます。

もう少し進むと御川渡門跡。今の門は三之丸御殿の裏門が移設されたものです。
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この門からも直接本丸へ行き来できます。
当時は湖に面していて、舟に乗ることができたそう。

ここからも本丸へ入れますが、初志貫徹、まずは周辺からです。

高島城は三之丸、二之丸、本丸などの曲輪を一直線に並べた連郭式の縄張りでしたが、都市化が進み、今は本丸のみが残ります。

最初に歩いた本丸西側、南側は当時から簡素な石垣が用いられていたからか、よくある住宅街の公園の小さな石積沿いの道路としか見えない状態でした。
散歩は散歩でよいのですが、少し盛り上がりません。

ついつい土戸門を見逃してしまいました。。

東側までたどり着くと、ようやく堀と古い石垣。当時の内濠にあたります。
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この石垣は、湖岸の軟弱地盤に対応するため大木で組んだ筏の上に築かれているそう。
ぱっと見では分かりませんが、見えない工夫があるんですね。

そしてこのあたりは市役所もあってか人通りも多く、華やかな気持ちになりました笑
もう少し進むと石垣の上には土塀も登場。

そしてこちらは隅櫓。本丸北東隅にあたります。
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そして右を向くと、高島城で一番絵になるであろう構図。
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水堀と冠木橋越しの天守。さすがにきれいです。

こちらが当時の正面で、冠木橋の対岸は二之丸でしたが、今は完全に市街地です。

本丸内部へ

ほぼ一周したので木橋から中へ入りましょう。
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橋の上からも天守をもう一度。
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この距離で見ると天守屋根が緑青であることが分かります。
これは復興天守が銅板で葺かれているから。当時の杮葺きを模したものです。

瓦屋根にならなかったのは、寒い諏訪地方の寒冷地対策と言われています。

木橋の向こうには冠木門
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櫓門になっていますが冠木門という名前です。
絵図でも屋根付きの門で、最初冠木門だったものが楼門に建て替えられ、名前だけが残ったのではと考えられています。

本丸は今は緑に池にと、どことなく庭園風。他に子供用遊具や護国神社もあります。
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ちょうど5月だったので藤棚が綺麗
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この辺りには本丸御殿がありました。
そこそこの広さの本丸なので、しっかりとした本丸御殿があったのかな。

脇には亀石という石
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これも城内の庭園あったもの。
水をかけると亀が生きているようになり、願いが叶うそうですが、生き返らせるのは難しかった。。

藤棚越しの天守
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青空も相まって5月のカレンダーになりそうじゃないですか。
電信柱、何とかならないかなぁ

天守内・スタンプ

最後は天守内へ
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天守内は歴史博物館になっています。
復興天守によくある定番展示ですが、安定して面白いです。

入口でスタンプも押せますし。
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モデルはやはり冠木門からの天守です。

最後は最上階展望台からの諏訪湖の眺め
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今は湖面が遠くなっていますが、ちゃんと見えます。
足元まで来ていたころの姿を見てみたいものです。

山側の眺め
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景色の説明看板に、付近の山中の山城の紹介があったのが印象的。
さすがに見えないでしょうが、高島城以前の歴史も大切にされている気がしてなぜか嬉しくなりました。

そんな気持ちを抱えて高島城終了です。そのまま諏訪湖観光へ。

感想

満足度 3/5

当時の姿と全く同じではなくでも、やはり復興天守のある本丸はとても絵になります。

市街地にあるお城の宿命で、縄張りはほとんど残っていませんが、石垣に水堀に天守と観光スポットとしては十分な力を持っているのではないでしょうか。

今回は藤の時期でしたが、桜や紅葉もきれいだそう。諏訪湖観光をされるなら、ぜひ。

アクセス

高島城

  • アクセス
    電車:JR上諏訪駅から徒歩10分
    車:中央道 諏訪ICから約15分
      無料駐車場あり(14台と狭めです。)
  • スタンプ・開館時間
    高島城天守閣資料館1階展示室
    開館時間:9:00~17:30(10/1~3/1は16:30まで)
     休館日:12/26-12/31、11月第2木曜日
     入館料:大人310円、小人150円
  • 城跡
    散策自由
  • 所要時間
    ~1h
  • 付近のスポット
    百名城関連だと、松本城高遠城が近くです。

    tmtmz.hatenablog.com

この旅は馬籠宿からでした。
tmtmz.hatenablog.com

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諏訪大社下社秋宮・下諏訪宿散策- 木曽路と諏訪の旅 2021春⑤

下社春宮に続いて秋宮へ。

その道中には下諏訪宿の宿場町が広がります。
街中ですが、名残は残っていて宿場町巡りをしてきた身としては見逃せません。

あわせて散策して下社秋宮へ。良い散策コースでした。

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下諏訪宿

春宮参拝の後から散策スタートです。
まずはこちらの看板に沿って秋宮を目指します。
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右下に向かう紫線に沿って秋宮方面へ向かいます。
秋宮までの1kmちょいの道のりには既にいくつか見どころが書いてあって楽しみ。

というわけで最初の見どころと書かれていた諏訪湖ビューポイント
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諏訪湖は見える、、、かな。
かなり際どい。看板には絶景ポイントって書いてあったはずなんですけど。
むしろこの辺りがいかに宅地化されているかが分かる写真になっちゃってますね笑

慈雲寺・矢除石

気を取り直して先へ

次のスポット、信玄ゆかりの慈雲寺に到着
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信玄は、こちらの慈雲寺中興の祖といわれる天桂上人を師とも仰いでおり、戦場に赴く際には教えを請うていたそうです。

そんな話の後に下世話ですみませんが、見ての通り、慈雲寺の参道はかなりの坂。
この奧の見どころに向かうこの階段にはひるみます。。

まぁ、行ったんですけどね。怖かった。。静岡の小山城の階段(訪問記)並みにビビりました。
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そんな見どころがこちらの矢除石。先ほどの天桂上人にまつわる伝説があります。

天桂上人が上に立った状態で矢で狙わせたところ、この石で全て跳ね返って上人には当たらなかったそう。
石には窪みがいくつかありますが、これが矢のあたった名残でしょうか。
現代にも通ずるご利益がありそうな。

川中島の執念の石に似たものを感じました。

tmtmz.hatenablog.com

先へ。

慈雲寺の入口脇の水場は中山道の頃からの名残。竜の口と呼ばれています。
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この先にも湧き水や温泉がたくさんにあって、水が豊富な土地柄を感じられます。
水がずっと貴重だったころなら、宿場町にもなりますね。

道端には一里塚
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近くには伏見屋邸
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1864年建築の旧商家です。今は地元住民や観光客向けの休憩所となっています。
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中では地元の方が談笑中でした。

それにしても、街並みは現代の住宅街なので一見何も無いように見えてしまいますが、歩いてみると意外とかつての名残が残っているものです。

下諏訪宿本陣

少し行くと旦過の湯
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元は慈雲寺修行僧の寮の野天風呂ですが、今も温泉施設として利用されています。

その正面にはお湯汲み場
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温泉が自由に汲めるなんてすばらしい。地元にも欲しい。

この旦過の湯は、散策中もお風呂に来られた方がたくさんいらっしゃいました。
看板によると熱めらしいですが、入ってみたかったかも。

春宮から考えると結構歩いてきたものの相変わらず周りは住宅街。
ただ、少しずつ昔ながらの温泉宿が増えてきたかな。

そんなところに下諏訪宿本陣
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こちらはかなり歴史ある佇まい。
そういえば下諏訪宿で古い木の建物を見たのは初めてかもしれません。
中で庭園鑑賞もできるようですが、残念ながら閉館中。また来ようかな。

そのすぐそばで甲州道中と中山道が合流していました。
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かつては中山道唯一の温泉地であることに加えて交通の結節点でもあって、中山道随一の規模だったと言われます。
今は上諏訪の方が温泉地として栄えている印象ですが、諏訪大社秋宮もすぐですし下諏訪の方が栄えていたりするのかな。

近くにはもう一つ温泉綿の湯
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この綿の湯、諏訪大社にまつわる伝説が残る温泉で、下諏訪温泉の由来となったもの。

今は取り壊されてしまいましたが、こちらも江戸時代から有名なお湯とのこと。
近くには問屋場跡地、という石碑も建っていますし、歴史ある温泉地は違います。

現地では気づきませんでしたが、近くに源泉がモニュメントとともに残されています。
今まさにトンネル掘削が計画されていて、源泉への影響が懸念されているようですが、何も起こらないことを願います。

諏訪大社下社秋宮

そんなこんなで1.1kmの道のりもあっという間に歩いて秋宮に到着です。

こちらも立派な石碑と
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鳥居
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青銅製でしょうか。
橋も架かっていて春宮とは違いますが、神域ということがよく分かる良い雰囲気です。

境内に気になる大木、根入りの杉
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樹齢800年になる御神木です。

丑三つ時に枝先を下げて寝入りいびきが聞こえるとか。
一見怖いご神木なのかと思ったら、小枝を煎じて子供に飲ませると夜泣きが止むとか、葉を枕に入れると安眠できる、とかありがたいお話もたくさん。
馴染みの深いご神木なのでしょう。

本殿かのような立派な建物は楽殿
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1835年の建築です。いやー立派です。

写真だとサイズ感を間違えそうですが、狛犬も青銅製で日本一の大きさ。高さ1.7m。
立派な注連縄は1トンになるそう。

そして弊拝殿
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一番奥に幣拝殿があるのは、春宮と同じですね。
秋宮ではこの奥のイチイの木が御神木です。そしてこちらもやはり立派な建築。

春宮とほぼ同じ幣拝殿があるのは、かつて建て替えの際に高島藩から春宮秋宮ともに同じ図面が渡されたため。
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ただ建てた人たちはそれぞれ別。
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となると、当然対抗心が湧く訳で。
お互いに技術を競い合うように素晴らしい彫刻が刻まれました。

春宮でも細かな彫刻だとは思いましたが、秋宮もやはり趣のある建物でした。
こうやって技術を高めてさらに価値を高めることを狙っていたのでしょうかね。

最後はもちろん御柱
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春宮で勉強したので、御柱に関しては驚きは少ないですが、やはり見ておかないと。

下諏訪の駅や温泉街、本陣にも近い秋宮の方が大きい気はしつつも、随所に春宮と同じ雰囲気を感じました。
半年に一回、神様が行ったり来たりされるそうなので配慮もあるのでしょうか。

なんにせよ、両方回ってみたほうが気づきが多いので、両方回らないと、ですね。

この旅は馬籠宿からでした。
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諏訪大社下社春宮・万治の石仏- 木曽路と諏訪の旅 2021春④

木曽路の宿場町巡りから一気に飛んで諏訪観光へ。
まずは定番、諏訪大社四社詣りです。

この旅まで諏訪大社が二社四宮からなることすら知らなかった若輩者ですが、下社春宮からきちんと全部回ってきました。

それぞれ特色があって面白い。

春宮は幣拝殿の細かな彫刻と近くの万治の石仏が印象的でした。

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諏訪大社下社春宮

前回の奈良井宿から伊那のかんてんパパガーデンに寄り道しつつ、諏訪大社の下社春宮へ。

かんてんパパガーデンもお土産を買うには良いところですが、さすがにお土産を買うところだけ載せてもアレなので。
観光の立ちよりスポットとしてはおススメです。

www.kantenpp.co.jp

下社春宮の入り口脇にある駐車場から散策スタートです。

この駐車場はまさかの無料。管理人さんすらいなくてちょっとドキドキしました。
有名どころの駐車場が無料だとちょっと心配になりませんか笑

駐車場から出たところ、道路の真ん中に屋根が掛かった通れない橋がありました。

下馬橋という橋で神事でのみ使われるものだそう。

名前の由来は身分に依らずに馬から降りて渡らないといけなかったからだそうで、実は下社最古の建造物でした。

人が多くて写真はないので是非現地でご覧ください。

入り口脇には散策コースのご案内
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この後、下社秋宮にも向かう予定なので、これは参考になりそう。

歩いてすぐに鳥居石碑
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雰囲気あります。神聖な空間と俗を分けているような。
なんとなくこのカットは撮りたくなってしまいます。

境内は一見そんなに広くありません。意外。

そんな境内で鳥居を潜るとすぐに楽殿
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もちろん御神前にお神楽を奉納するための建物です。
江戸時代前期の建造物。

そして、諏訪大社といえばこれ。御柱です。
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あの有名な御柱祭で木落としに使われたあとで、社殿の四隅に立てられています。
社殿の四隅なので、春宮では2本見ることができました。

思っていたより長くて太い。これに乗って坂を滑り降りるとは。。。

ちなみに、木落とし坂も春宮から秋宮への道中に看板が出ていました。
登る元気はありませんでしたが、そんな登る元気も奪うような坂道を登った先にある木落とし坂ですから傾斜はすごいんでしょう。

境内最奥部には幣拝殿
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諏訪大社春宮は本殿を持たず、幣拝殿の奥にある御神木を御神体とするため、この幣拝殿で参拝することが普通のようです。
もちろんここで参拝させていただきました。

この幣拝殿、彫刻がとても細かく、素人目にも異彩を放っていました。
春宮と秋宮両方で同じ構造で、かつては技術力を競っていたそうなので、そのおかげなのでしょう。ついつい長居してしまいました。

幣拝殿の隣は方拝殿
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こちらも幣拝殿と同じ時期に建造され、国の重要文化財に指定されています。
幣拝殿と合わせて横長の特徴的な建物になっています。

周辺散策- 万治の石仏

春宮の境内は広くはないので、このあと少し散策をして、すぐに参拝終了。
が、そのまま帰るのはもったいない。

ということで川を挟んで隣にある万治の石仏へ向かいます。

途中、川の中洲には浮島社というお社がありました。
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一見なんてことはないお社ですが、川の中洲にも関わらずどんなに大雨が降っても決して流されないのだそう。
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中洲はこのような立地なので、大雨が降れば浸水することはあると思いますが、今でも建っているということは、もちろん流されたことはない訳で。

まぁ細かく見れば地盤のおかげなんでしょうけど、野暮なことは言わないお約束です。
理系なので理屈を考えたくなっちゃうんですよね。

お目当ての万治の石仏に到着。近くの看板に書かれていた石仏の由来はこちら。
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かつて諏訪大社下社春宮の鳥居を作ろうと、この地にあった大きな石にノミを入れたところ、血が流れ出しました。
驚いた石工は、鳥居を作ることをやめ、不思議な石に阿弥陀如来仏を刻み、建立したと伝えられます。

万のことが治まる石仏とは、縁起の良い名前だと思ったら、やっぱりその名前も相まって地域の方の信仰を集めているそうです。

参拝の仕方も丁寧に解説してありました。
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小さく「観光協会と商工会議所が提唱する」と書かれているのは気になりますが、ちゃんとこれに倣ってお参りしました。

そんな石仏がこちら。
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このサイズ感なんだかかわいくありませんか。

胴体に対して頭部が非常に小さくなんとも言えないかわいさです。
あの岡本太郎も愛して止まなかったとされていますが、気持ちが分かるような、そういうとおこがましいような。

春宮を参拝されるなら、ぜひここまで足を延ばしてほしいスポットでした。

このまま下社秋宮へ向かいます。

この旅は馬籠宿からでした。

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奈良井宿 日本一の宿場町- 木曽路と諏訪の旅 2021春③

旅2日目も中山道の宿場町巡りからスタートです。

やってきたのは木曽十一宿で江戸から二つ目の奈良井宿
ちょうど中山道の宿場町ではど真ん中に当たります。

今は人も少なく落ち着いた雰囲気の宿場町ですが、看板には日本一の宿場町の文字。
当時はかなりの規模の宿場町だったようです。

そう言われると確かに、妻籠や馬籠と比べても大きな宿場町でした。

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奈良井宿散策

この日は伊那市のお宿からスタート。
山を越える必要はありますが、トンネル一つで40分ほど。意外と近いものです。

南北に広がる奈良井宿のほぼ南端の奈良井権兵衛駐車場(有料)から散策開始です。

ちなみに、道の駅奈良井宿や木曽の大橋にある無料駐車場も使えるようです。
この日は雨で人も少なかったので、そっちでも良かったかな。

駐車場にあった地図には日本一の宿場町の文字。

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隣に鳥居峠という難所があり峠越えに備えて宿をとる人が多く、奈良井千軒と呼ばれる賑わいだったそう。
木曽十一宿で一番標高が高いという特徴もあるようですが、「日本一」の由来じゃないだろうな。

駐車場から歩いてすぐに街並みゾーンに到着。
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土の色を模した舗装は、馬籠、妻籠とは違うところでしょうか。

9時半だったからか誰もおらず、落ち着いて散策できたのも良かった。
その分お店が全く開いていなかったですが、おいおい開いてきましたし。

まずは南西側、鳥居峠方面へ。

この旅何度目かの高札場
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奈良井宿では町の南端、京側の入り口に設けてありました。

近くに宮の沢水場
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これは今までに見なかった施設です。

当時の生活用水や防火用水、旅人の飲み水にも利用される重要な施設だったそう。
奈良井宿で6か所復元整備されています。

小さめですが、枡形も残されています。
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当時の街の端というのがこれでもかと伝わってきます。

鎮神社

そんな当時の端の向こう側にも少し足を延ばすと、歴史のある神社。
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奈良井宿に疫病が流行った際、それを鎮めるために下総の香取神社を勧請したため、鎮神社と呼ばれるとのこと。

ぜひ今その力にあやかりたいものです。

杉の大木の奧にある本殿
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1664年に建てられた由緒正しき建築です。
昔から旅人の往来を見てくださっていたのでしょう。

お隣には楢川歴史民俗資料館
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小さめでしたが、旧楢川村の歴史を感じる施設でした。

この先は一気に山道になってしまったので、ここが今の奈良井宿の端。
折り返して町の中心へ向かいます。
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奈良井宿は南西の京側から、上町・中町・下町の3つに分かれていて、中町が本陣などがある中心でした。
今いる場所は上町で、中町に向かうことになります。

上町散策・中村邸

上町の見どころは中村邸
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元は櫛問屋で、国の重要文化財に指定されています。

建物は典型的な奈良井宿の町屋造りとのこと。
低い二階の前面を張り出していて、一階の庇(ひさし)は木を重ねた鎧庇、その上に猿頭と呼ばれる木の支えが置いてあります。

中も隈なく見学可能で(二階や奥の蔵も見られたような)、かつての櫛問屋の資料も展示されており、いろいろと想像膨らむ施設でした。
2階の正面の小さな縁まで出れそうでしたが、さすがに勇気が出ませんでした(笑)

上町と中町の境目は鍵の手
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ここでも宿場町の区割りが残っています。

道端には石碑と道祖神、と写っていませんが神社。由緒あるスポットのようです。f:id:tmtmz:20210506194347j:image
道路が屈曲しているのは、枡形と同じと思いますが、先ほどは枡形、こちらは鍵の手。

先ほどは石塁があったからかなと思いましたが、馬籠宿(訪問記)や妻籠宿(訪問記)でも石塁が無い道路の屈曲を枡形と呼んでいたような。。。

まだまだ勉強が必要です。

反対側には水場
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この奧が奈良井宿の本陣ですが、残念ながら復元の手掛かりがない状態とのこと。

中町も変わらず趣ある街並み
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写真にも車が写っているように、地元の方の生活がありますので、結構車は通ります。
経済を回さないと保存もできませんからね。

続いて訪れたのは上問屋資料館
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こちらは、江戸時代、馬と人足を管理していた問屋でした。

時には庄屋も兼務していた名家で、広い部屋や数多くの展示品に名残が感じられます。
明治天皇がお食事を召し上がられた部屋も残されていました。

ちかくには下問屋 
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今は建物はそのままに、お宿として営業されています。

さらに下町方面へ。

水場や
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石碑を見つつ進みます。
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このあたりは昔ながらの土産物屋さんが多かった印象。
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単に開店時間になったからかもしれませんが。

北東側の枡形も見ながら、
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反対の端に到着です。
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こちら側はすぐに奈良井駅があるので、鉄道アクセスも万全です。

中山道の杉並木

これで奈良井宿を一通り散策しましたが、もう少しだけ進みます。

宿場の少し向こう側の八幡社を進むと
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雰囲気の良い杉並木。
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こちらは江戸時代の中山道のまま。
人工物がほぼありませんので、当時の姿の想像が膨らみます。

普通に緑がきれいな道、でもあるので、うまく撮れば映えるかも?

近くには二百地蔵
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明治期の国道開設や鉄道敷設時に集められたものだとか。

雰囲気良いですし、少し離れても来る価値のあるスポットです。

木曽の大橋

線路の向こう側も少し散策します。

気になる大きな太鼓橋は、木曽の大橋f:id:tmtmz:20210506194249j:image

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木造ですし、太鼓橋ですし、名前からも歴史あるのかなと思ったら平成3年にできたものでした。意外と新しかった。

ただ、木曽檜をふんだんに使った作りや、急流に耐えるための橋脚が無い構造などインパクトのある橋であることには違いありません。
雨の日に歩くのはちょっと怖かったけど。

きっと、何十年後かには溶け込むことでしょう。

カフェ深山 100年前のカレー

最後に奈良井宿のカフェで100年前のレシピを再現したというカレーを頂きます。
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訪れたのは木曽の大橋近くのカフェ深山さん。

相変わらずのずらし昼食で10時半に訪問したらほかにお客さんはいませんでした。
休憩を邪魔してしまって、ちょっと罪悪感。。。

気を取り直して早速お目当てのカレーを頼みます。
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かなりのスピードで出てきたカレーは、優しいお味でした。
写真でも分かる通り、具材はほぼ溶け込んでいて見えません。

現代のカレーのようにスパイスの調和が、、、というものではありませんが、溶け込んだ野菜の優しいお味は美味でした。

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そんなこんなで奈良井宿は3時間くらい堪能した気がします。
さすがは日本一の宿場町でした。

次からようやく諏訪に向かいます。

この旅は馬籠宿からでした。

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妻籠宿- 木曽路と諏訪の旅 2021春②

木曽路の旅2回目は馬籠峠を越えて妻籠宿へ。

街並み保存事業の先駆けとなった妻籠宿は、まさに古くから残る街並みという雰囲気。

馬籠宿から馬籠峠を越えて歩いて回ると一層当時に想いを馳せられそうです。歩かなかったけど。

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妻籠宿

馬籠宿から馬籠峠を越えた先にある妻籠宿。
歩いて中山道を満喫するコースも紹介されていますが、今回は車で移動。

こちらの駐車場は道沿いに見つけたところにさっさと停めました。
結果的に最寄りでしたが、昼過ぎでも空いていたのでハイシーズンじゃなければ大丈夫じゃないかな。

妻籠宿は全国に先駆けて街並み保存運動に取り組んだこともあり、重要伝統的建造物群保存地区の最初の一つに選ばれました。

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駐車場脇にこんな年季の入った看板で紹介されています。

街並み自体も山間の川沿いに伸びる細長いもので、やはり散策はしやすいです。
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ちょっと日焼けして見にくいですが。

まずは短い北側、向かって左手から散策です。

歩き始めると早速高札場
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こちらは年季が入っていて字が全く読めません。というか、高い笑

妻籠宿は馬籠宿ほど坂の街ではありませんでしたが、多少のアップダウンはあります。
そこで年季の入った水車が回っていました。
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こちらの広場は口留番所
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かつてここには中山道を行く人々を監視する番所がありました。
妻籠宿の北端という位置ですかね。

鯉ヶ岩
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江戸のころから木曽路の名所として有名だった大岩です。
江戸時代にはその形から鯉ヶ岩と言われたそうですが、1891年の濃尾地震で形が変わってしまいました。

江戸時代以前は恋の伝説にちなんでの地があてられていたようです。
現代でも駅名とかで見ますが、こういう所は江戸時代も変わらないんですね。

そんな鯉ヶ岩の近辺にも昔ながらの家々が立ち並びます。
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そのうち公開されている一軒、熊谷家
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小さな戸口が雰囲気あります。

中では昔の農機具などが展示されています。

折り返して、なんともいい雰囲気の景色を見ながら妻籠宿の中心部へ。
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こちらもザ・古い町並みが広がります。
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どんどん中心部へ向かいますよ

脇本陣奥谷

妻籠宿には昔からの建物がたくさん残っていて、建物展示が多くあります。
ここは馬籠宿とは違うところかな

そんな建物展示を訪問します。
こちらは脇本陣奥谷
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江戸時代には脇本陣と酒問屋を営んでいた林家のお宅。
明治に入り禁制を解かれた桧をふんだんに使って建てた家です。立派な造りでした。
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中も隈なく見学できるようになっていて、入ってすぐにある囲炉裏の周りではスタッフさんの説明も聞くことができます。

この奥谷が1番有名なのは冬の時期の囲炉裏に差し込む斜光の写真でしょう。

昔ながらの知恵で明り取りとして建てられたのでしょうが、Googleで出てくる写真はそれはそれは綺麗、映えるスポットでした。

ただ、行ったのは5月。斜光はありませんでした。

でもそれでも良いところでしたし、人が少ない方が雰囲気は感じられるんじゃないかな。

こちらも馬籠宿と同様に島崎藤村と縁があり、藤村の詩が飾られていました。
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藤村の初恋の人の嫁ぎ先だとか。ちょっと遠いような。

旧家ならではの立派なお庭に
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酒屋の名残でしょうか。
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ちなみにここを抜けるとそのまま南木曽町博物館に入ります。
こちらはこちらで妻籠城の戦いの歴史などが説明されていて面白かった。

妻籠城も見たい欲が湧いてきましたが、流石に時間切れでした。。。

妻籠宿本陣

博物館を見終わったら向かいの妻籠宿本陣へ。
脇本陣奥谷、博物館からここまでが共通入館券となっています。
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冠木門を抜けると建屋がお出迎え。f:id:tmtmz:20210504213239j:image
本陣は再建ではありますが、敷地の広さも含めてとても立派。さすがは本陣です。

こちらは横にとても広く色々見て回れました。
脇本陣や歴史博物館のあとに行くと、ちょっと展示品にはお腹いっぱい感はありましたが、建物の雰囲気は良かった。

なかでは雛人形が飾られていました。
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妻籠では旧暦にあわせて4月3日がひな祭りのよう。でも5月まで飾るものなのかな

寺下の街並み

さて街並み散策に戻ります。こちらも気になるものが目白押しでした。

妻籠郵便局
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馬籠でもそうでしたが、街並みに溶け込んだ郵便局。
黒い書状集荷箱が良いです。

もう少し進んで枡形
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全景が分かる写真を撮るのは難しい。。。
ここまで一直線だった街並みが90度直角に2回折れ曲がっているんです。

枡形自体は明治期に切り開かれて新道に付け替えられていますが、その分旧道はさらに古い雰囲気を残しています。

まさかの未舗装。
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この辺りが一番好きだったかな。

石畳の街もよい
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看板や石の階段もよい
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路地裏の雰囲気もよい
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本当に見ていて飽きない街並みです。

最初から街並み保存が進んだ妻籠の中でもこのあたりの寺下地区はその先頭を走った地区とのこと。
他の地区とも一線を画した雰囲気が残る訳です。

舗装路になっても、両側に古い町並み
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造った感が無いのがすごいです。

よく残っていますし、きっとそれだけの努力をされているはず。
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良いものを見せていただきました。

栗きんとんソフト

ここまで高尚な心意気などを勝手に感じてきましたが、一気に俗へ。

妻籠宿ももちろん観光地なのでお土産屋さんがたくさんありました。
老舗和菓子屋さんの美味しい栗きんとんなどが特徴的だったかな

栗きんとんソフトも美味しかった。
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栗の味がしっかり。地のものとうまくあっていますよね。

街歩きの疲れもいやしたところで妻籠宿の散策終了。次へ向かいます。

おまけ-駒ヶ根ソースカツ丼

この日の晩御飯は隣の谷、伊那谷は駒ケ根市の名物ソースカツ丼に。
こんなテイクアウトにうってつけの地元名物があるなら逃す手はないです。

コロナ禍で外食は厳しいですが、侘しいホテル晩ご飯もこれだけで華やぎます。

駒ケ根市の本店は大行列。テイクアウトの電話注文しておいてよかった。

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中はソースかつがどーん
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見た目は福井のソースカツ丼にも似ていますが、こちらの方が肉が厚くジューシーでした。いわゆるカツ丼よりですかね。

個人的にはこっちの方が肉食べてる感が強くて一層好みでした。

長野県内のいろんな場所にあるようなのでぜひ

明治亭 駒ヶ根本店
〒399-4117 長野県駒ヶ根市赤穂898-6
1,200円(平均)1,200円(ランチ平均)
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長野の方が好みとは書きましたが、福井のソースカツ丼も美味しいですのでぜひ

tmtmz.hatenablog.com

次回、奈良井宿へ向かいます。

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馬籠宿・馬籠城- 木曽路と諏訪の旅 2021春 ①

2021年春先に長野県は木曽路中山道の宿場町巡りからの諏訪湖観光に行ってきました。

まずは木曽路から振り返ります。

木曽谷沿いには木曽11宿と呼ばれる中山道の宿場町が残っていますが、その中でも馬籠、妻籠、奈良井などはかつての街並みを残すことで有名です。

第1回は馬籠宿
木曽11宿で最南端の馬籠宿。坂道の宿場町は古くとも新しい雰囲気を残していました。

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馬籠宿

木曽谷最南端の馬籠宿。現在の住所では岐阜県中津川市になります。

木曽谷の宿場町というと山深そうに聞こえますが、中央道中津川ICから20分ほど。
案外アクセスの良い宿場町です。

そのぶん観光地化されていて人も多め。

10時ちょうどに着いたのに、無料駐車場は満車でした。。。
有料の駐車場もたくさんあるので、ケチらずにさっさと停めればば良いんですけど、金に目が眩んでしまうのは人間のさがですね。

車道脇にはいきなり立派な石碑。
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江戸と京までの距離が書かれているのが雰囲気あります。

ちなみに写真奥のお店は大きなお土産屋さん。
宿場町に行くと本当に地元の方用のお店しかなかったりしますが、ここでは観光地的なお土産も問題なく入手できます。

そんなアクセス道路と直交する石畳の街並みへ。
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この石畳は宿場町の頃から続くものだそう。

古い街並みはこの石畳に沿って一本道で続きます。
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地図の赤ラインが古い街並み。

駐車場がほぼ端にあるので、散策ルートも迷いませんが、1枚前の写真で見て頂いた通り馬籠宿は坂の町。
ひたすら登りの街歩きになるのはちょっと辛め。

先へ進むと早速枡形
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左手は明治に開かれた新道。本来は右側の階段道でした。
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城郭の枡形と同じく、軍事的な意味合いがありました。

坂の宿場町なので水車もいくつかありました。
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その先も坂と石畳、古い町並みが広がります。
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明治と大正に二度大火があったため、当時から残る建物はありませんが、統一された雰囲気は素晴らしいものがあります。

まるで時代劇に出てきそうなのれんのお店や
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雰囲気になじんでいますが実は郵便局、など様々なお店が立ち並びます。
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お土産屋さんもたくさん。
木曽谷の木工品はもちろんや五平餅、アイスなど食べ歩きもあったので、コロナ明けはそんな楽しみ方もできそうですね。

その辺の軒先にレトロな機械があるのも良い。
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脱穀機ですかね??

馬籠宿本陣跡/島崎藤村記念館

宿場町の中間には旧本陣跡かつ島崎藤村の記念館があります。
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なんでかと思ったらここが藤村の生家でした。木曽路はすべて山の中~ですね。

本陣跡の建物も大半は焼失していますが、一部かつてのまま残るものもあります。
そんな建物と藤村の作品の原稿などを展示しているのが島崎藤村記念館です。

こちらがその江戸時代からのこる本陣跡の隠居所
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確かにひときわ古い気がするようなしないような。
幼い藤村が勉強部屋として用いていたこともあるそう。

そんな島崎藤村記念館の隣には馬籠宿本陣資料館
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休館日でしたので中は分かりません。見てみたかったんですが。

陣場上展望台

さらに登ると高札所
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宿場町だとよくある展示ですが、当時の街並みを考える手掛かりになって良いです。
今の宿場町の中心、入口から考えるとかなり奧にあるので、当時の街並みは違ったのかな。

宿場町の反対端は展望広場になっています。
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古い町並みとの間には少し距離があるので、街並みを見下ろすことはできませんが、

美濃最高峰の雄大な恵那山を見ることができます。
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この眺めは坂の宿場街ならではですね。

その脇には越県合併記念碑
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平成の大合併で唯一の越県合併を記念する石碑です。

馬籠宿は今は岐阜県中津川市に属しますが、平成の大合併までは長野県山口村でした。

さらに遡ると昭和の大合併までは長野県神坂村に属していました。

その時も神坂村全域で繋がりの深かった中津川市への合併を希望するも、様々あって、国の裁定で村の大部分は中津川市に、馬籠宿を含む残りが山口村に合併しました。

平成の大合併でも県が反対していた記憶がありますし、そのような背景も考えるとこの石碑の意味がよく分かる気がします。

と、いろいろと思いを巡らせたあとはお昼ご飯。

今回の旅のテーマはずらし旅。10時半とだいぶ早い分空いたお店でイートインです。

伺ったのは展望台近くのこちらのお蕎麦屋さんへ。
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店内には石臼が回っていました。
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きっと自家製粉のお蕎麦はとても美味でした。
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ちなみにざるそばはこれが2枚きますので、お腹いっぱいにもなります。

お店の情報はこちらから。

r.gnavi.co.jp

馬籠城

最後は馬籠宿から南に歩いて5分ほどの馬籠城跡へ。
予定にはなかったんですが、地図で名前を見てしまったので行かずにはいられません。

アクセス道路の反対側にある馬籠城への道中はこれまでと打って変わって田園地帯。
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カエルの鳴き声が心地よいです。

そして到着したのが馬籠城跡
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遺構などは何もわからず説明板だけですが、古くから人が行き来する重要な場所だったことが見える気がします。

ちなみに、馬籠城は室町時代には存在していたことが分かってます。
戦国期には武田氏の勢力域に収まりますが、武田氏の衰えにより織田方に木曾義昌の支城となります。

その後、義昌は豊臣秀吉の傘下に入り、小牧長久手の戦いも秀吉側で迎えます。

徳川軍への防衛線となった木曽路諸城のうち、馬籠城は義昌配下の島崎重通(島崎藤村の祖)が守りましたが、徳川軍の大きさに恐れをなして隣の妻籠城に逃れたために戦火を免れました。

その後、徳川氏の領土となりますが、そのまま廃城となっています。

さて、次はそんな妻籠城のある妻籠宿へ向かいます。

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長野旅行つながりでこんなところはいかがでしょうか。

tmtmz.hatenablog.com

小牧長久手の戦いといえば小牧山城

tmtmz.hatenablog.com

小島陣屋 (静岡市清水区) -立派に残る石垣はさながら城跡

今回取り上げるのは静岡市清水区にある小島陣屋

名前からも分かる通り、お城ではなく陣屋です。
小藩だったので城として作ることを許されなかった、、、はずなんですが、立派な防御機構が備えられていて、外見はさながら城跡の様相でした。

現存の御殿書院まであって、これは穴場ですね。

城館:小島陣屋 静岡市清水区
HP: 国指定史跡 小島陣屋跡:静岡市
訪問日:2021年6月
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概要

駿河中東部に1万石の所領を持った譜代大名小島藩の陣屋として、松平信治が1704年に築きました
その後、明治までの164年間、藩政を執り行いました。

東海道から甲府に至る甲州往還にほど近い場所に築かれ、陣屋でありながら城郭を思わせる高石垣などが良好に残り、国指定史跡に指定されています。

陣屋の建物のほとんどは明治維新以降、小学校として使用されたのち取り壊されましたが、書院建物は、移築され地元の公会堂として使用され、今も現存します。

訪問記

陣屋北側の酒瓶神社側から訪問です。

入口を探していると、住宅街の脇道に大手門への看板を発見。
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知ってる人にしか伝わらない気はしますが、大変ありがたい看板。
看板もなしにこんな路地裏通る気は起きませんし。

この先もずっと住宅街の路地。
洗車しているお父さん方をわき目に、不審者じゃないですよ・・・と念じながら進みます。

普通に歩けば良いんですが、右側住宅の奧には馬場石垣が見えているのです。
早速の遺構にテンションは上がりますが、カメラを構えたら完全に空き巣の下見なので我慢我慢。

突き当りまで進むと大手に到着。
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看板とパンフレットが備えてあります。

そしてその奥には緑に覆われていますが、石垣、
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これが見えていたら家の奧でもチラ見しちゃいますよね。

パンフレットにはしっかりと散策ルートが書かれていて、とても助かります。
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モデルルートに従って、大手石垣、枡形、石垣、井戸と回りましょう。

という訳で左に目を移すと大手石垣
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高く綺麗な石垣。4mにも達するところもあります。

これだけ見ていると本当に城跡に来たかのような印象になりますが、ここは陣屋。
戦いよりも政治や住居に重点を置いているはずなのですが。。

もはや陣屋と城の違いとは何なのか状態ですが、家の守りを固めたい気持ちは分かるかな。

先へ進むとすぐに表門枡形虎口
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高い石垣に囲まれて、なんだか城の本丸に入っていく気分です。
この奧にたくさんの家が並んでいるかのような。

虎口を曲がって抜けると。。。
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立派な石垣

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見えている部分で3重の石垣。思わず声が出てしまう立派さです。

岩村城の六段壁を思い出しますが、あそこより小さい分アクセスしやすいです。静岡県民だけ?

曲輪は三段になっていて、総合するとこちらも結構な高さです。
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単なる仕切りというよりは城と共通する防御思想を感じてしまいます。

南端には川も流れていますし。
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曲輪を登ります。
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登る道はさすがにシンプル。

一番上の曲輪には井戸が残されていました。
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一番上の曲輪。
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今はだだっ広い原っぱですが、ここに書院建物などが建てられていました。
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相当な広さということがお分かりいただけるでしょうか。

この裏は直接道路となっています。
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このあたりに裏門があったようですが、さすがにわからないかな。

パンフレットなどもありますので、こちらから散策を始めることも可能です。
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主役はあとに置いておきたい人はこちらから。

東側の通路を通ってスタート地点へ。
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見下ろした先が甲州往還、身延道。
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監視したい思惑もあったのかな。

こちらのルートは石垣がよく見えます。
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ところどころ積み直した雰囲気も感じますが、このあたりは古そう。そしてきれい

下りきったら大手枡形虎口に到着。
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これで小島陣屋を一周ですが、もう少しだけ続けます。

書院建物

小島バス停まで歩いてきました。5分くらいかな。
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ここに、当時から残る現役の書院建物があります。

それがこちら。
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注意しないと見落としてしまいそうな昔ながらの公民館風の建物ですが、こちらが当時のもの。
小島陣屋御殿の書院です。移築後は本当に公民館として使われていたようですが。

見学もできるようですが、この日は外から見るだけ。
それでも当時の建築素材が原状をとどめている、という点はよく分かりました。
家紋入りの欄間などもまた見てみたいものです。

頑張って接写してみました。
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歩道が狭い。。。

感想

満足度 4/5

陣屋なので評判が良いと言ってもどうなんだろうと思っていたら、これはこれは。
評判がよくなるのも納得でした。

石垣や枡形の残り具合は大満足。
普通に車道沿いに歩くと裏門からの見学となりますが、その場合もぜひ大手までちゃんと見て回ってください。

ちょっと足を延ばす必要はありますが、御殿書院も含めて見学をぜひに。

アクセス

小島陣屋

  • アクセス
    電車・バス:JR奥津駅からバス 小島バス停下車 徒歩5分 
    車:東名高速 清水ICより15分
      専用駐車場なし(小島自治会会館駐車場を利用可能)
  • 城跡
    散策自由
  • 所要時間
    0.5hr
  • 付近のスポット
    百名城関連では駿府城、興国寺城でしょうか。

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